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第25号
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『てるおのピカピカ☆ピカデリー』 |
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▼藤井輝雄
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| このコーナーでは、映画の中に必ず出てくる自動車に焦点を当てて深く分析解明して紹介していきます。 今回お勧めする映画は、2001年アメリカ映画、ゲームセンターのカーレースを映画にしたような超興奮のストリート.カーアクション。「ワイルド.スピード」。 【藤井輝雄:ふじいてるお】漫才コンビしましまんずのボケ担当。映画と車に造詣が深いとかなんとか・・・・。 |
| かしはらまことの『BOOBOO♪』 |
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▼かしはら まこと
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| Vol−1「僕のクルマ遍歴(前編)」
えーと、最近メールマガジンがじぇんじぇん活発化しとらんという編集長マスダの苦悩を見るにつけ、私、ハッキリ言って「F1」を書くのを忘れておりました。 早い話が、強すぎてオモロないとこういうワケ。で、次は何のネタがいいかなあと考えていたのだが、やはり私・かしはらと言えば「自動車」であろうと思い、私のワガママ勝手なクルマ道を書いていこうと思っています。ですから専門用語もいっぱい出てきます。 僕が免許を取ったのは1981年3月20日。そう、大学入学の前です。18歳と1ヶ月で普通免許を取得し、以来クルマに乗らない日のほうが少ないのではないでしょうか。 次は1983年の秋に48年式のホンダZを手に入れました。 コイツは当然クーラーなんか付いてません。だからいつも窓全開でした。夏はシートカバー代わりに被せたトレーナーが塩ふいてましたっけ・・・。 とにかく一番思い出の詰まったクルマでした。クラブの後輩たちを乗せて、よく京都の街をドライブしましたね。4人乗ってもさすがホンダのエンジンです。 4回生になって実家に戻るころ、Zは僕の高校時代の同級生で、現バンドのリーダーである深川君に5万円で売りました。6万で買って5万で売るとはなんちゅう奴やと言われましたが、結構コンディションは良かったのです。
で、僕は先輩の知り合いの業者さんからL40Vミラの限定車を買いました。 このクルマは就職してからもしばらく乗っていました。そういえばスピード違反で最初にキップ切られたのもコイツです。 てなワケで、僕はホンダZ以来3台の軽自動車を乗り継ぐことになります。今でも軽を見るとなんとなく乗りたくなりますね。決してチープな乗り物ではなく、小さなボディな故に様々な叡知が詰め込まれたモノだと思います。 さて、次回はついにスピードに目覚めるキッカケとなったミラターボの登場です。 【かしはら まこと:柏原 誠】1963年2月生まれ。赤井英和・和泉 修を輩出した浪速高校を卒業、佛教大学で放送局に所属する。卒業後12年間のサラリーマン生活を経て独立、87年に設立したグループ、ノクターン・クラブを復活。和泉 修の誘いでテレビ番組の構成作家とうめだ花月シアターでの舞台演出を手伝う。 |
| かしはらまことの『BOOBOO♪』 |
| ▼かしはら まこと |
| Vol−2 「僕のクルマ遍歴(中編)」
さて、今回はL40Vミラから初めて新車で買ったL70Vミラターボからスタート。 ちょうど本屋さんに立ち寄った時の事です。3日ほど前にオーダーしたミラターボに車種追加の記事・・・それは後に大ヒットする「TR−XX」の登場でした。 納車日は少し遅くなったけど、ホワイトのTR−XXはなんと前のミラのナンバーと1番違い(40Vミラは77−28、XXは77−29でした!)で我が家にやってきました。ノーマルのミラターボより低い排気音がホンマに嬉しかったです。 このミラは結局4年ほど乗りましたが、とにかく速かった!グロスで52馬力という、今でこそ普通の軽のパワーと変わらなかったのですが、当時のターボはとにかく「どっかんターボ」。2000あたりから急激にトルクが出ます。トルクステアなんか当たり前。ハンドルしっかり握っとかないと、どこに行くかわかりません。 ミラを手放して暫くはひとり暮らしのせいもあって、半年ほどクルマに乗らない日々でした。まあ仕事も忙しく、あちこち乗ってゆくヒマもなかったから好都合でした。 コイツは残念ながらあまり良い思い出はありません。言うならば絶不調の時代のスバル車です。燃費は悪い。重い。走らないの3拍子。まあノリで買ったヤツですから、それほどの期待はしなかったですけど・・。 でもこのレオーネで東京まで走りました。姉の家に遊びに行って、それから四国へ行ったかなあ。初のAT車でもありました。今でこそインプレッサやレガシイの水辺対抗は良い音で回りますが当時のレオーネの「バリバリバリ・・」という音は、どうも嫌でしたね。 さて、レオーネの次はラリーでも活躍した4WDターボ「ギャランVR−4」に乗ることになります。実はギャラン購入に至ったキッカケはこのレオーネにあるのです。 もうひとつ余談ですが、ギャランの納車翌日、先輩に乗ってもらいました。現状渡しのクルマだったのでクラッチがヘタっていたのです。先輩が運転しながら「うん・・ヘタってるわ・・でも、よう走るなあ・・」なんて言います。結構気に入ってくれたようです。後日その先輩が僕の机にきて「かしはら君。僕も買うてん。」と言います。そう。先輩は新車でギャランVR−4を殆ど衝動買いで買っちゃったのです。しかもラリーベース車の「RS」です。 僕のVR−4は初期型の205馬力。でもよく走りました。ミラターボ以来のターボ車ですが、4WDの強さが随所に光りました。スキーにもよく行きましたし、営業で滋賀県に行くときは営業車じゃなく、自分のクルマで行きました。そのほうが安全だったからです。このクルマはエンジン以外は手を入れました。ショックはラリーアートのジム
カーナ用に始まり、最後はカヤバの4段調整式、スプリングも2回交換しました。 結局ギャランには5年乗りました。これまでの車歴で一番長かったのが、このギャランVR−4です。手放したのは、あまりにも速すぎたとでも言えば良いでしょうか。ターボ車のあの独特の加速感がどうもついていけなくなったのです。 さて次回はモータースポーツ野郎の突然の変化、ステップワゴン乗り換えと、ついにガイシャの道へ至る後編! 【かしはら まこと:柏原 誠】1963年2月生まれ。赤井英和・和泉 修を輩出した浪速高校を卒業、佛教大学で放送局に所属する。卒業後12年間のサラリーマン生活を経て独立、87年に設立したグループ、ノクターン・クラブを復活。和泉 修の誘いでテレビ番組の構成作家とうめだ花月シアターでの舞台演出を手伝う。 |
| 『Capricious Wind 8』 |
| ▼夏実 |
| White Butterfly
【夏実:なつみ】大阪出身。ryu_mama♪のHNでHP『Ryu's Cafe』を開設。現在は1男の母。 |
| ■編集後記 ■原稿執筆者募集!
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