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第15号
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『20世紀雑感』 |
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▼かしはら
まこと
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20世紀がまもなく終わる。といってもそんな実感はあまり無い。 考えて昭和30年代〜40年代前半の我々の世代は20世紀の後半と21世紀の前半を生きるという、実にラッキーな世代では無いだろうか?でもちょうど我々の世代がいま一番「疲れて」いるのも紛れも無い事実である。「働き盛りの30代」とは言うものの、これだけ社会情勢がめまぐるしく動くと、ついて行くのがやっと・・
てな感じにはなりはしないだろうか・・?
【かしはらまこと:柏原 誠】1963年2月生まれ。赤井英和・和泉 修を輩出した浪速高校を卒業、佛教大学で放送局に所属する。卒業後12年間のサラリーマン生活を経て独立、87年に設立したグループ、ノクターン・クラブを復活。和泉 修の誘いでテレビ番組の構成作家とうめだ花月シアターでの舞台演出を手伝う。 |
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『中年ロッカーの逆襲』 |
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▼Kei
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| パソコンを買った。この1ヶ月というもの、パソコンで遊んでいる。堵は云うものの、インターネットに接続してはいないので、相変わらず、ワードで打った文章を「画面ライダー君」にファックスで送ってマガジンに掲載していただくという、アナログなこと
を続けている。 それはともかく、久しぶりのライブが決まった。今度は地元和歌山、有田の地でだ。対バンは、19年ぶりに復活するピストンズというバンド。高校時代の同級生である。 こいつらは、パンクムーブメントにもろに影響を受けた、トリオ編成。おしゃれさとは 縁遠かったが、とにかく元気がよく、ユーモラスで、馬鹿馬鹿しいノリを持っていて、ぼくらは結構好きだった。 高三の夏、こいつらにすごい話が持ち上がった。そのころメジャーデビューを果たした、恐怖のパンクバンド「スターリン」の全国ツアーが有田にやってくることになった。そのステージの前座をすることになったのだ。これはすごいことだ。ぼくらもスタッフとして 協力をした。はじめて出会うプロのミュージシャン。そのサポートアクトをつとめたピストンズの連中と、スタッフをつとめた僕とMegumiにとって、バンド(特にパンクロック) が体液の一部になったのは当然のことなのだ。 そのピストンズが19年ぶりに復活する。「ミカンだけでは食っちゃいけない。有田に未来はないんだぜ。」と歌っていた青臭いパンク少年たちはもう36歳のおっさんになっている。対する、われらBitter Tasteも、年齢では負けていない。1月2日有田郡湯浅にある「喫茶花苑(カエン)」では、高齢化社会における余暇の過ごし方のひとつのモデルが垣間見られるだろう。 最近、つくづく、「年齢ってなんだろう?」と思わずにはいられない。確かに衰えはやってくる。20代の頃だと、10曲立て続けに演奏しても屁とも思わなかったけれど、今は5曲続けたら酸欠になる。ギターの押さえも甘いし、毎日でもギターを弾こうという 意欲も薄くなってきている。けれど、それが何だというのだ。歌は、学生バンドの頃より もずっと上手くなってきているし、曲作りも昔よりは円熟を増している。そうだ。年齢とともに衰え要素は確かにある。けれど、年齢とともに身につくことだってある。世の中はうまくできているのだ。だから、若い頃の価値にだけしがみついて生きるのは、大きな 勘違いなのだ。 30代は30代にしか出せない味を、40代には40代の、60代には60代の味を出せばよいのだ。今の日本の世の中は、いい大人が、ガキの価値観に追従して生きようとすることが「ワカイ」ことでよいことであるかのような風潮が強いと思う。でも40歳は40歳にしかできないことをすればいい。 36歳の僕たちは、たまたまバンドをやっている。それは36歳だからやっているのではない。中学生のときにストーンズを聴いて衝撃をうけたり、スターリンと出会ったり、ライブハウスの楽屋で悔し泣きしたり、そんな青春時代に見た夢や出会った衝撃を今でも体のどこかに感じていたいだけなのだ。 1月2日、またひとつそんな時間を創ることができる。 僕らはいくつになっても、青臭いガキだ。 【Kei:本名 坂本桂】ブリティッシュ・ロックの大御所「THE WHO」デビューの1964年に生まれる。高校時代「SMO 」/「ストーン・ギャザーズ・ノー・モス」というストーンズ、ピストルズ、フーなどのコピーバンドのVo.を経験後、1982年に「GAOSS」を結成。オリジナル曲を中心に京都の「拾得」「磔々」大阪「エッグプラント」等で演奏活動を行うが1987年に解散。その後10年のブランクを経てBitter・Tasteを結成。 |
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『世紀末映画考』 |
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▼増田達也
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「世紀末映画考」と題するこの連載も今回で終了だ。 ■今回のMASUDAのおすすめ映画(レンタルビデオ)は、「仁義無き戦い」です。
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『風流花譚』 |
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▼夏実
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| クリスマス…雪が降っていた。 それは天空から静かに舞い降り続け、まるで私の涙のように途切れなかった。 いつものように窓の外の庭をぼんやり眺めていると…ふと、庭の大きな木の下のほんの片隅…純白の可憐な花が咲いているのに気が付いた。 私の指差す方向に視線を向けた母は『ホントに咲くなんて…』と言葉を詰まらせた。 そう…確か2年前だった。 寒い日だったけれど、陽射しはキラキラと眩しかった…。 そんな中、いつものように父が庭の手入れをしていた。 色が少なくなった庭はいつもよりちょっぴりさみしい感じがした。 『お花、少ないね。』 『そりゃ冬はね。でもこうしたらどうだい?』 『でも、それお花咲いてない…。』 父は苦笑した。 『まだ小さいからね。でも、これは寒さにとても強い花なんだ。 雪がうっすらとつもった中に咲くこれを見たら何だかとても幸せな気持ちになれるはずだよ…。きっとね。』 『ふ〜ん。なんていう花なの?』 父は少しためらうように『ヘレボラス…』と、言った。 『変わった名前。どんな花が咲くんだろ?』 『ヘレボラスというのはギリシア語で「死に至らしめる食物」という意味が あるんだ。』 『えっ!これ毒があるの?やだあ…』 私は気味悪そうに大きな木の影に植えられたそれを見た。 父は小さくゆっくりと首を振った。 『根っこだけだよ。全然心配ないさ。バラにだってとげがあるだろう? あれと一緒さ。美しいものには…ってやつだよ。実はこれの毒性はかなり 強いんだけどね。パパが若い頃イギリスに留学していた時に初めて見たんだ。 バラの花に似ているところから「レンテンローズ」って言われてるみたい だね。雪の降る寒い寒い日に純白の花を咲かせていた。それはそれは美しく てね。その白さが妙に目に焼き付いてる、今でもね。これも純白のやつだと いいんだが…。』 父は遠くを見るような目をしていた。 そんな父が突然逝ってしまった。 死とは何と残酷で悲しいものであるのだろう。 月日の経過だけが、ようやくただただ涙が溢れてくる衝動を押さえられる ようになる薬だった。 片翼をもがれた…飛ぶことを忘れた鳥。それが、今の私だった。 母がポツリ、と言った。 『あの花の名前知ってる?』 『パパに教えてもらった…。確かレンテンローズって言ってた…ヘレボラス が学名だって…』 母は小さくため息をついた。 『咲いてから、あなたに言うつもりだったのかしらね。』 『どういうこと?』 『あの花は別名「クリスマスローズ」っていうのよ。クリスマスにバラに 似た花を咲かせるから。でも日本では冬に咲く品種はとても育てるのが難し いのよ。本当によく咲いたわねえ…。パパからのクリスマスプレゼントかし らね。』 母は私の肩に優しく手をおいて言った。 『パパから聞いたことがあるわ。クリスマスローズは天使からの贈り物なん だって…。』 瞬間パタパタとこぼれ落ちるモノをとめることが出来なかった。いつになったら涙は枯れるんだろう…まだ泣けてくるよ…パパ。 雪はつもりそうだった。 でも天使は雪の下からその花を探してくれたのだそうだ。キリストの誕生を祝う少女のために…。 そしてパパは、私の為に…。 クリスマス…全ての人が幸せであるようにと、その花はこうべを垂れて花 開く。それはまるで祈りを捧げているように。 【夏実:なつみ】2001年、ryu_mama♪のHNでサイト『Ryu's Cafe』を開設。 現在、1男の母。 |
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編集:柏原 誠 2004年1月10日 更新 |