マイペンライでゴー
第10号

夕焼けイノキスト・宮脇まさはるの
プロレス郷愁思考のすすめ

宮脇 正治
柏原 誠
重藤貴志
増田達也
Kei
二十日鼠
北川こころ

かしはら
まこと


第10号やっと、やっとアップすることが出来ました。長い道のりでした・・・って、そんなたいそうなものではありませんが、ここまでアップが遅れたことをここでお誤りもとい、お謝りします。
はなッから、テンションさがりましたが、なんと今回にて「マイペンライでGO!」も記念すべき10号目です。これからも、なにかとあるとは思いますが、20号・30号・・・100号!?と続けて行きたいと考えていますのでヨロシク!
今号もライター陣が魂こめて、書いています。
ぜひ、感想をゲストブックに記してください!


ご意見・ご感想を
ゲストブックに
およせ下さい!

 


画面ライダー連載中!画面ライダー連載中!画面ライダー連載中!   

「夕焼けイノキスト・宮脇まさはるのプロレス郷愁思考のすすめ」
表現し、見せて勝つのがプロレスラー・・・の巻
                                                             ▼宮脇正治


 例えば、生まれてから40年間、片時もなく、他者にスキを見せないこ とと他者のスキをつくこと、この2つだけを考え続け修練を積んでいけば、 ヒクソン・グレイシーのようになれるのだろう・・・そうも言いたくなるような ヒクソンの、対船木戦における戦いぶりであった。
 今年2月、田村潔司がヘンゾ・グレイシーを破り、4月には桜庭がホイ ス・グレイシーに完勝したとき、この勢いでプロレスラーによる打倒グレ イシー一族、打倒ヒクソン完遂! とほくそえんだものだが、とんだ見当違い。ヒクソンのほぼ完璧な戦いぶり・・・プロレス側からすれば敵、とな るだろうが、400戦以上無敗、日本においても格闘家・西良典、プロレ スラー・山本宜久、木村浩一郎、高田、船木を打ち負かしたこの男とグレ イシー柔術に、興味を持たないわけにはいかなくなってしまった。

 そもそも柔術は柔道の前身で、日本発祥である。現在の柔道とは比較 にならないほど殺傷力の高い、危険な競技だったので、一般庶民が普通 に稽古をして行なう、という類のものではなかった。だが精進する人たち にとっては、人間道を極める(最高の形が、戦わずして勝つこと)意味に おいても深みのある、実践的かつ修養的な武道だったのである。
 この柔術を、ルールを改良して五輪の種目になるまでに一般化し、普及 させようとしたのが柔道の創始者・嘉納治五郎だ。この頃と少し後は『姿 三四郎』の時代で、小説や映画では柔術家は、見せ物として空手や拳闘 と他流試合をしたり、柔らの道を侵す無骨極まりない悪役として登場する。 文明開化の明治は鹿鳴館時代のことである。
 さて嘉納治五郎の弟子に、前田光世という剛の者がおり、この新しい柔道というものを広めようと世界を股にかけた。そしてブラジルに行き着いたのが、後の格闘技界を大きく揺るがすことになる。
 前田は、地球の真裏側の異郷ブラジルで、カルロス・グレイシーという若 者に、柔道を教えた。この時の講道館柔道というものは、まだかなり柔術 の危険な要素が残っていた。そしてカルロスから息子・エリオ、エリオから 息子達(ヒクソンやホイスら)に伝わりながら、「グレイシー柔術」として成立・ 発展を遂げ、今、総合格闘技ブームに乗じて日本に逆上陸し、一大旋風 を巻き起こしている・・・というのが大まかなところである。
 かつてアントニオ猪木が一連の異種格闘技戦を行い、“プロレスはあらゆ る格闘技の集大成” “プロレスこそ最強”を標榜した経緯から言えば、いま プロレスは大変な苦戦を強いられている形だ。
 だが思えば、少年時代にグレイシーの故国ブラジルへ移民した猪木は、 力道山の手によって日本に連れ戻され、後にマット界の第一人者となり、 柔術と同じ“戦わずして勝つ”ことを最高の理念とした。その師匠・力道山 の好敵手・木村政彦は、ヒクソンの父・エリオと戦い、勝っている。 先ごろ ヒクソンに善戦した船木は、前田光世と同じ青森県弘前市の出身・・・こうい った時空を超えた大ロマンは、プロレスのおはこであり、本質だ。私はこの 遠大なる闘いの大河ドラマの行方を、しっかりと見続けていきたい。

 話は大きく変るが、確か昨年、主に中年以上の購読者層を持つ某スポー ツ紙が、日本人プロレスラー史上、「最強」は誰か・・・という読者アンケート をとったらしい。結果、「最強」に輝いたのは、力道山でも馬場でも猪木でも なく、ジャンボ鶴田だったという。
 鶴田については業界内でも、真の実力を評価する逸話が多かった。闘い ながら何かを表現し、見(魅)せながら勝つことが宿命のプロレスラーだが、 観客を意識におかず、相手を倒すことのみに集中した時、先月、49歳の 若さで他界した鶴田は、非常に怖い男だったようだ。
 ところで、彼で想い出されるのは、試合中に観客に拳を突き上げて発する 「オー!」 の雄叫びだ。それは、勝つことが全ての総合格闘技とは全く異質の風景。しかし、もし近い将来ヒクソンに勝つプロレスラーが出現するな らば、彼にはぜひ、「オー!」でも「コノヤロー!」でもいいから、見得を切り ながらヒクソンの関節をキメるような闘いをしてほしい。決して見せかけのゼ スチュアという意味でなく、闘いを通して、意図した何かを表現し、プロレスラ ーらしく見(魅)せてほしいのだ。
 宇宙や大自然の呼吸と一体化するようなヒクソンの錬修と日常・・・。だが、 もし見(魅)せるとか感情に訴えるとかいう行為も、神の大切な所業の中に あるのならば、プロレスラーが大宇宙と一体化してヒクソンを倒すことは、充分 可能であると思う。
 そう。プロレスは、勝つだけではいけない。たとえ総合格闘技戦上であっても、 格闘家としてではなく、どこまでも表現者・プロレスラーとして闘い、勝ってほし いと願うものである。


【宮脇正治:みやわき まさはる】1960年生まれ。佛教大学では放送局設立 準備会とプロレス研究会に所属。現在、プロスタイルレスリングJWA関西事務局 スタッフ。 準備会とプロレス研究会に所属。現在、プロスタイルレスリングJWA関西事務局 スタッフ。

 

ここをクリックしてください。


「Fomura1〜大地を翔ける秒速の戦士たち〜」
                                                 ▼柏原 誠


6月に入り、梅雨のジメジメとした空気の中でこの文章を書いている。今晩は夜中から「ル・マン24時間レース」が始まる。1894年に世界で初めて自動車レースが開催されたフランスでの伝統あるレース。 思えば、ヨーロッパ諸国は昔からモータースポーツの盛んな国だ。伝統のレースとしてはこの他にモンテカルロラリーがある。WRC世界ラリー選手権がかけられたこの競技も、ミニクーパーなど多くの名車を生み出した由緒あるもの・・・。

そしてF1では「モナコGP」が開催される。場所はモンテカルロのあるモナコ公国。この国は国王「レーニエ大公」が大のモータースポーツファンであり、アメリカGPが無い今では唯一の「公道を使ったグランプリレース」である。 モナコGPは伝統あるレースという「名前の重み」だけでなく、実はマシンとドライバーにとって最も過酷なレースだと言っても過言ではない。全長3.378kmのコースに11のコーナーとトンネルがあり、道幅は通常のサーキットの約半分ぐらいの、とてもツイスティなコースだ。高速コースというよりもコーナーの多い低速コースだと言えるだろう。マシンセッティングも「モナコスペシャル」と言われるほど耐久性重視で、特に1000回以上のシフトチェンジをするミッションとエンジンは全グランプリ中で最も強化されたものが持ち込まれるという。

「モナコを制するものは、グランプリを制す」と言われるほど、モナコでの勝者はシリーズチャンプに近づくのもこうした背景があるからだ。マシンの信頼性・ドライバーの卓越したテクニックが全て100%発揮されなければ、このモナコで勝つことは出来ないのである。 そのモナコで連勝(2年以上連続して優勝)したドライバーは「モナコマイスター」と呼ばれ、数あるGPドライバーの中でも特に卓越したドライバーと称される。そしてその「モナコマイスター」の称号をほしいままにしたのが、デイモン・ヒルの父グラハム・ヒル、アイルトン・セナとミハエル・シューマッハーである。 現在このモナコで最速ラップを持ってるのはH.H.フィレンツェンが97年に記録した1分18秒216。約3.5kmを1分20秒ほどで走るということは、フツーの公道を時速160〜200km/h平均で走るということだ。クリッピングポイントにタイヤを持って行くのに何mm単位の攻め方をするという緊張感と、抜きどころの無いコースの狭さも手伝って、このGPが見る者にとってすごくスリリングなのは言うまでもないだろう。

さて、2000年はどーだったのかと言うと、ポールを取ったシューマッハーが57周めまで終始トップをキープし、磐石の走りで今期5勝目をマークする予定(!)だったが、なんとエグソーストパイプの緩みによるエンジントラブルでリタイア。変わってトップに立ったのはライバル・マクラーレンのクルサード。彼は1ヶ月前に自家用飛行機に乗って事故に遭い、軌跡の生還を遂げた人だ。ガマンの走りで2番手・3番手をキープし、トップの脱落と共に優勝をもぎ取るなんてのは、強運そのものである。もしかしてハッキネンよりもクルサードの方がチャンピオンに近いかも知れない。 ここ数レースでマクラーレンのマシンは非常に安定してきた。フェラーリも今後のレースを落とせない状況に来ている。マシンの速さ・安定度ともにマクラーレンが有利なだけに、フェラーリのチャンピオンの道は険しくなるばかり。さて僕が応援するフェラーリはどうなるのか!(でも、見てるほうはめっちゃ楽しいねんけどね)。


【柏原   誠:かしはらまこと】1963年2月生まれ。赤井英和・和泉 修を輩出した浪速高校を卒業、佛教大学で放送局に所属する。卒業後12年間のサラリーマン生活を経て独立、87年に設立したグループ、ノクターン・クラブを復活。和泉 修の誘いでテレビ番組の構成作家とうめだ花月シアターでの舞台演出を手伝う。

 

ここをクリックしてください。 


■『STARWARS SAGA GOES ON』...VOL.10
                                    ▼重藤貴志



前回、第9回目の『STARWARS SAGA GOES ON』では、ビッグ・ニュースをお送りした。
「アナキン・スカイウォーカー役が決定!!」という衝撃的な情報についてであったが、 カナダ出身の俳優ヘイデン・クリステンセン、彼の写真を確認されたであろうか?

今月は、多くの『EPISODE.2』に関する情報が入って来ているのでそれをお送りする。 おそらく日本で最も速い『EPISODE.2』情報のひとつだと自負している。
まずは7/10に発表されたキャスティングから。

Hayden Christensen : Anakin Skywalker
David Bowers : Senate Official
Joel Edgerton : Owen Lars
Bonnie Piesse : Beru Lars
Jay Laga'aia : Security Officer
Daniel Logan : Mysterious Young Boy
Matthew Rowan : Politician
Veronica Segura : Handmaiden
Rose Byrne : Handmaiden
Leeanna Walsman : Bounty Hunter
Matt Doran : An Savory Troublemaker
Alethea McGrath : Jedi academic

Owen LarsとBeru Larsとは、ルーク・スカイウォーカーを養育したラーズ夫妻の名で、 『EPISODE.4』に登場した彼等の家のセットが組まれているとの噂も多くのサイトで 目撃されたが、同一人物であるかどうかは、未だ不明というのが実情である。
Leeanna Walsmanが演じるバウンティー・ハンターは多くのサイトでオーラ・シング であると噂されているが、これもまた噂に過ぎない為、真相は続報を待ってみたい。

Alethea McGrathがJedi academicを演じることから、スター・ウォーズ・シリーズで 初めてジェダイ・アカデミーが映像化されて登場する可能性が極めて高くなった。

そして7/12に、前々から噂になっていたクリストファー・リーの『EPISODE.2』出演 がオフィシャル・サイトで発表され確実となった。

他にもクリストファー・ウォーケンやガブリエル・バーン等の名優が出演すると期待 されているが、オフィシャル・サイトからの発表が無い為、噂で終わるかもしれない。

また現在、オーストラリアでの『EPISODE.2』の撮影に参加していると云われている ユアン・マクレガーが、あるパーティーに出席し、現地の新聞「the Daily Telegrap」 にキャッチされた。その写真のユアン・マクレガーは顎髭を伸ばしていたと云う。 以前からの噂通り、これでオビ=ワンが『EPISODE.1』のクワイ=ガン・ジン同様、 『EPISODE.2』に顎鬚を生やして登場することが確認されたと云っても良いだろう。

オーストラリアのFOXスタジオには約60ほどのセットが建てられ、撮影が進んでいる。 そのなかには『EPISODE.1』に使われたセットも多数含まれているとされ、シミの家、 パルパティーン元老院議員(『EPISODE.2』では元老院議長)の家の他に、アミダラ のロイヤル・スターシップ内部のセットなどが確認されている。一部のマニアの噂に よれば、モス・アイズリーのカンティーナ(『EPISODE.4』の酒場)の巨大なセット も組まれているとかいないとか。果たして真相は如何に?!


【重藤貴志:しげとう たかし】1975年3月生まれ。東京出身。DJをめざし放送局に入る。卒業後FM京都のADなどの放送現場を経験。音楽・芸術に造詣が深い成長株のクリエーター。佛大時代に同期だった小林寛幸と共に次世代メディアであるインターネット放送局「N−mix」を設立・運営する。

----------------------------------------------------------------------------
Internet Voice Station "N-mix"
http://www.n-mix.com/

Before The World's End - Tell A Lie -
http://www.n-mix.com/absolutezero/index.html
----------------------------------------------------------------------------

 

 ここをクリックしてください。


■『世紀末映画考』 No.010
                                     ▼増田達也



「クンドゥン」を観た。マーティン・スコセッシの映画としては、先日公開された「救命士」の前作にあたるわけだが、これはチベット佛教の指導者ダライ・ラマ14世の半生を描いたドキュメンタリー・タッチの物語になっている。ダライ・ラマ14世を直接描いた映画ではないが、ブラッド・ピット主演の「セブン・イヤーズ・イン・チベット」というチベットに7年間住み、ダライ・ラマ14世の家庭教師を務めたオーストリア人山岳家の視点からの映画もあった。

「クンドゥン」は佛教の指導者を描いているが、スコセッシは過去「最後の誘惑」という映画でキリストを描き、だいぶ叩かれたようだ。「クンドゥン」ではダライ・ラマ14世の協力も得られているようだが、中国政府からは嫌がられたみたいだ。そりゃ寺院を破壊したり、むりやりチベットに中国人を移住させたりした事実を世界中にばら撒かれるのは気持ちのいいものではないだろう。だが事実である。

この映画はドキュメンタリー的手法はとっているが、あくまでフィクションの映画である。スコセッシに政治的思惑があるようには思われない。単にダライ・ラマ14世という人間に興味を抱き、彼にスポットを当てた作品をスコセッシなりにつくるとこうなったと思う。映像は美しくチベットに憧憬を抱くが、もちろんチベットで撮影できるはずもなく他国で撮影している。 ダライ・ラマ14世はいまだに故郷チベットの地を踏めないでいる、のだから。

スコセッシの映画で初めて観たのは「タクシードライバー」で、高校生の時だ。これでデニーロが好きになり、彼の出演作をだいぶ観た。トラヴィスのモヒカン刈りは、真似したいぐらいだった。(できる筈ないけど・・・)高校時代に観た「タクシードライバー」と「時計じかけのオレンジ」は、その時の僕に多大な影響を与えたのではないだろうか。それに松田優作の「野獣死すべし」も、ショッキングな作品だった。

上記の3作品に共通するのは、「狂気」と「暴力」か・・・なんて考えると、多感な高校生だから余計に魅入られたのかもしれない。しかも共通するのは、主人公が取りつかれる狂気の原因は、実はまっとうに見える人達の社会の方にあるのではないかと考えられる。ほんま狂ってますもんね、この国の指導者たちは・・・。まあ選ぶ方も選ぶほうやけど、なんだかんだ云って、調整能力働き過ぎでッせ!この国の人達は。

なんか映画考からはずれましたんで、今回はここまで!しかし暑くなると思考能力減退しますね。「狂気」にも走りやすいしね。まあ「暴力」は映画の中だけにしときたいもんです。なんてキレイにまとまったところで、オシマイ!オシマイ!


■今回のMASUDAのおすすめ映画(レンタルビデオ)は、「グラディエーター」です!
 理由はたんに最近劇場で観たので・・・。 戦闘シーンは圧巻です。リドリー・スコットはけっこう好きな監督。


【増田達也:ますだ たつや】1964年10月生まれ。佛教大学時代は放送局に所属。イラスト・グラフィックデザイナーとして活躍し、99年独立。ノクターン・クラブのコア・メンバーとして主にWebサイトのデザインを担当する。音楽・映画に詳しく、作品に対してイーヴンな評価を与えられるアーティスト。後述の「画面ライダー」の作画担当。

 

 ここをクリックしてください。

 


「中年ロッカーの逆襲」
〜中年ロッカーの日常〜
                                               ▼Kei



 ロックン・ローラー(書いてて恥ずかしくなるが)は、日ごろ、どんな生活をしているのだろう。僕がGAOSSをやっていた14年ほど昔は、自分自身学生だったので、平凡といえば平凡な日常を送っていた。(それでも、服装や雰囲気は普通じゃなかったみたいだが)

 学生バンドはどれも似たり寄ったりで、普通の学生よりは変わっているという程度だっただろう。(でも、僕たちはワルぶってはいたが、真のワルではなかった。むしろ、他の一見普通に見える学生の方が、人を差別したり、弱いものをいじめたり、レイプしたりしていた。世の中とはそんなものかもしれない。)

 学生でないバンドのメンバーは、当然アルバイトか本業を持つことになるのだが、今よりずっとロックに対する偏見がきつかった時代なので、ヘビィメタやパンクスの連中は、楽器屋や新京極の土産物屋ぐらいしか雇ってもらえなかった。大体、長髪だった友人は、大学4回になると、就職活動のために髪を切るというのが、一つの風習であったぐらいなのだ。社会人バンドは、仕事の都合と練習やライブの日程とを調整するのが大変そうだった。そのころの僕には実感がわかなかったけれど、社会人プラス家庭人ロッカーとなった今では、その苦労がよくわかる。

 現在、僕には仕事があり家庭がある。社会人になったころは、まだバンドをやれる気でいたけれど、家庭を持ってから(特に父親になってから)は、実のところ「バンドなんてもう無理だ」と思っていたのだ。それが、ひょんなことからバンドをまた始めることになった。幸いなことに、自宅を新築する機会に恵まれ(田舎ではそれは割と容易だ)、妻の仕事がピアノ講師であることにもかこつけて、自宅に音楽室を造った。そこで練習している。日曜日の午前中が練習時間だ。仕事のストレスを解消するために、仕事帰りに居酒屋で一杯、それからカラオケに、というパターンの勤め人が多いかもしれないが、カラオケなんかと比べモノにならない。だって、自分の創った歌を、自分の演奏するサウンドで、気の合った仲間とちょっと一杯ひっかけながら練習できるのだ。しかも明るい日差しの下で。こんな快感が他にあろうか。

 もちろん、毎週練習ができるわけではない。1ヶ月以上空くときもある。日常生活は、ほとんどが仕事と家庭生活に時間が取られ、ギターを手にする機会を持つこともままならない。けれど、そうした時間に制約がある中で(さらに、田舎の生活は、ライブや音楽に関する情報を得るという点でも非常に不利である)バンド活動を続けることにも、暇がたっぷりあった学生バンドのときとは違う喜びの感じ方がある。平凡で単調な日常があるからこそ、バンド活動という「非日常」がより重みを増すのだと思っている。

 人生は、環境によって規定される部分が大きいことは否定できないが、「その人がどう生きたいか」「どんなことに喜びを見いだせるか」という「思い」を持てるかどうかが大きなポイントになるのではないだろうか。


【Kei:本名 坂本桂】ブリティッシュ・ロックの大御所「THE WHO」デビューの1964年に生まれる。高校時代「SMO 」/「ストーン・ギャザーズ・ノー・モス」というストーンズ、ピストルズ、フーなどのコピーバンドのVo.を経験後、1982年に「GAOSS」を結成。オリジナル曲を中心に京都の「拾得」「磔々」大阪「エッグプラント」等で演奏活動を行うが1987年に解散。その後10年のブランクを経てBitter・Tasteを結成。

 

 

ここをクリックしてください。
 


「夢を語るということ」
                                         ▼二十日鼠



ドイツ人のシーグレットはブロードウェイのミュージカルダンサーを夢見てスチュ ワーデスの仕事を辞めた。彼女はとても綺麗な顔をしていたけれど、容貌が美しいだ けではブロードウェイのダンスカンパニーではやっていけないということを良く知っ ていた。

韓国から来たホンジュはサム・クックに憧れ、ジャズトランペットの奏者になりたい と言っていた。でも、彼はとても貧乏で玩具のラッパさえ買う金を持っていなかっ た。

十六歳のヒロは高校を退めて世界中の人々に知られるようなファッションデザイナー になるという希望を抱いていた。彼は二十五歳で「コム・デ・ギャルソン」を越える のだと真剣な顔で僕に語った。

皆、僕がニューヨークで暮らしていた頃に実際に出会った人々だ。日本ではまず笑い 飛ばされ、「もっと現実的に生きろ」と言われるような大きな夢を抱いている。で も、「現実的に生きる」ことがそれほど大事なことなのだろうか? 夢を自由に語る ことさえできないこの国の文化レベルは本当に高いのだろうか?

僕も彼らと同じようにあるひとつの野心を胸に秘めている。だが、この国にいる限 り、誰にも語ることはないだろう。

夢を笑い飛ばされてしまうから。夢を盗まれてしまうから。


【二十日鼠:はつかねずみ】性別、経歴、ともに不詳。ネット上で自作の小説を発表しながら細々と暮らしている。

---------------------------------------------------------------------------
熱帯夜 - A Midsummer Night - 
http://user3.allnet.ne.jp/20dayrat/
---------------------------------------------------------------------------


 

ここをクリックしてください。 


「主婦流ガンプラ爆走道」
〜組み上げの流れ〜
                                               ▼北川こころ



さていよいよ、本格的なガンプラ作成の開始です。 ガンプラだけでなく、他のプラモデルの場合でも同じなのですが、 最初からわっと組んでそれで、ちゃっちゃと色を塗ればいいじゃな い、というのは小学生のやること。大人としてのプライドに賭けて そんな簡単に考えてはなりません。大人は手間で勝負です!

ここで、組み上げまでのおおまかな流れをご説明させていただきま しょう。まず、これからの作業として「かりぐみ」を行います。 これは、「とりあえず」「おおまかに」組み上げる作業のことで、 借り組が終了したら、それを塗装や改造、継ぎ目消しをしやすい状 態にまでバラします。バラしたら、例えば足なら足、手なら手、と いう風に分けて継ぎ目を消す作業に移ります。これは紙ヤスリとの 格闘です。それが終われば洗浄・乾燥作業があり、そして改造に入 ります。ここはもう自由な発想で挑みましょう。そして、いよいよ 終盤。マスキングと塗装。わくわくしますね。 ここまでくれば出来上がったも当然ですが、気を抜いてはなりませ ん。ガンプラは顔が命ですから。組み上げ作業、そしてデカールの 貼り付け。そこから一気にトップコートに展示です!!

と、まだまだ先は長いのです。次回からいよいよ「かりぐみ」の説 明です。読んでいるだけで、わくわくしません? これぞ「大人の道楽だなぁ」なんて煙草を燻らせたくなってしまい ますね。


【北川こころ:きたがわこころ】1974年生まれ。日本大学芸術学部卒業後、出版広告業に職を得る。出産を機にフリーとなり、雑誌への原稿を執筆する傍ら、密かな趣味として「ガンプラ」に熱中。その作品は神奈川県十日市場駅前MEDIA POLICEさんに展示中。現在は「読み物系HP〜君もサボテンになってみないか?」と「CHAT WIRED」を運営管理にも励む。

---------------------------------------------------------------------------
君もサボテンになってみないか?
http://www.angel.ne.jp/~kitagawa/

CHAT WIRED -2nd Eddition -
http://srv101.virtualave.net/
---------------------------------------------------------------------------


■特別寄稿〜運命の600フレーム〜その2

                                                   ▼かしはら まこと



さて3月6日から始まったプロボウラー資格認定テストだが、前回書いたように4日間のドラマたるや、それは今年の阪神戦を見るよりもっとスリリングで感動的である。

初日は東大阪市布施のロードボウルで幕を開けた。名塩センセ曰くここは「木のレーンで投げ難い」のだそうだ。木は当日の気温や湿度によって微妙にレーンの滑走面を反らせるため、野球でいう「イレギュラー」な動きを出してしまうらしい。この日は初日だけあってレーンとの相性を探るように投げる選手が多い中、名塩センセは確か195アベを少し割っていたのではないかと記憶している。(ちょっと無責任なのだが、スコアを記録したJPBAのサイトが更新されていた!無念!)本人のペース配分とレーンとの相性から考えたら、この日は満足の行く結果だったらしい。

2日目は千里のセルシーボウル。ここのレーンはアルミで出来ていて、センセにとっては相性の良いレーンらしい。過去もここでハイゲームを連発し、一気にロードボウルの借金を返したという実績がある。各ボウリング場によって照明の位置や空調のかかり具合など、微妙に変わる要素がある。メンタルなスポーツであるが故に、こういうファクターにも気を使うのは当然かも知れない。 さてセンセの言う「爆発レーン」と言われるハイスコア大期待のセルシーボウルだが、今年のコンディションが選手泣かせであった。つまり通常ストライクの取れる2番〜3番スパットの板目の幅が異様に狭いというセッティングだったようで、200点以上を連発したかと思うとアンダースコアになったりと、非常に出入りの多いボウリングとなった。と言っても予定通り6日の借金を返して、ほぼジャスト195アベになっていた。

3日目は難波の国際興業ボウリング。ここは初日と同じ木のレーンで、なおかつコンディションが悪いらしい。センセにとっては最も「相性の悪い」レーンである。過去2年間この会場で大荒れになった記憶がある。どこに投げればいいのか分からないという「探りながら」のボウリングは、見ていて非常に疲れるものがある。ポイントが狭い上にレーンコンディションが悪いため、大げさに言えば一つとして同じポイントに投げられないのだ。結果的には名塩センセのプロテストは事実上この日で終わったと言っても過言では無い。前半の6ゲームで195アベぎりぎりのスコアだったのが後半のオイルが伸びたレーンで9ゲームを消化し、結果的には186アベにまで落ちてしまった。これだと明日の15ゲームを全て195以上を出さないと合格しない。このスコアは4日目という自身のコンディションを考えると、相当しんどい状況であるのは言うまでもない。

4日目は梅田の桜橋ボウル。センセはここでも健闘したのだが、結果的には昨日とほぼイープンスコアの187アベていどにとどまった。このレーンはセルシーと同じアルミレーンで投げやすいらしい。センセのポジションは当日の選手では最下位グループ。2日目のセルシーボウルで185アベに達していない選手は3日目以降プレーできないので、実質的にはやはり3日目が「鬼門」だったことになる。 実はそこですごいドラマを発見したのだ!ここまで読んだ人は「なんや、前回さんざん期待させといてこの程度か」と思われた方もいただろう。 ここからは名塩センセではなく、同じプロテストを受けていた女子選手の話。 4日目、最下位グループにいたおかげ(喜んでええのかどうか分からないが)で、女子のトップクラスと同じレーン移動となった僕らは、ある選手に注目していた。

その選手は酒井玲佳。父はあの「筋肉番付」に出演した酒井武雄。98年全日本ランク12位、優勝30回という「トッププロ」である。そして姉の酒井三佳も同じプロボウラー。玲佳がここで合格すれば姉妹プロボウラーの誕生という、マスコミが飛びつきそうな話題の誕生である。 「スター選手」というのは作られるべくして作られるのだとつくづく感じた。女子は185アベの48ゲーム消化というテストなのだが、ここでの彼女のスコアは非常に波のあるボウリングだった。前半6ゲームでは185を超えたスコアは無く、見た感じやはり3日目にたっぷり貯金をしたような感じであった。酒井プロ親子が厳しい目で見つめるプレッシャーと、自分の思ったところにボールが行かないジレンマ・・・午前のゲームを見ている限り、この子もまた来年なのかなぁ・・と思っていた。

ドラマは午後の第11ゲームから始まった。昨日までの貯金を使い果たし、もうこれ以上アベを割ることができないという事が分かった時、酒井玲佳は既にプロボウラーになっているような素晴らしいプレーを見せてくれた。7.8.9ゲームで出入りの激しいボウリングによってスコアを落とした彼女が、第11ゲームで男女含めて4日間の中でのハイゲームを記録したのだ!1Fのストライク。ダブル、ターキー、フォースと続き、9Fまでストライクを取ればなんと185アベに戻るという「奇跡」のようなボウリングで7Fストライク、そして8Fのストライクではとうとう彼女の緊張がリミットに達し、泣き出してしまった。涙をこらえ投げたボールは見事にトップピンの右側へ絡まりストライク! そこにはプロテストとは思えない大歓声。そして酒井玲佳は10Fもダブルで投げ、最終のサービスフレームで8ピンになったものの、見事278でハイゲームを記録したのである。最終ゲームは緊張感が持続して11ゲームの貯金をキープ、結果第1次テストに見事合格したのである。

11ゲーム・12ゲームは本人もお姉ちゃんも泣きながらのボウリングだった。しかし、何よりも彼女がものすごい集中力を発揮してスコアをまとめたということ、そして我々を含め、選手をも巻き込んで自分に注目させる才能はもうプロの片鱗と言っても良いと思う。残念ながら2次テストに合格したのかどうかは現時点で不明だが、彼女なら絶対パスしていると思う。 テスト後姉妹で抱き合う姿を見て、そして側でちょっと涙ぐんでた酒井武雄プロを見て、この人たちの4日間のドラマを思い描いていた。久々にアスリートの「カッコ良さ」に感動した僕だった。


【柏原  誠:かしはらまこと】1963年2月生まれ。赤井英和・和泉 修を輩出した浪速高校を卒業、佛教大学で放送局に所属する。卒業後12年間のサラリーマン生活を経て独立、87年に設立したグループ、ノクターン・クラブを復活。和泉 修の誘いでテレビ番組の構成作家とうめだ花月シアターでの舞台演出を手伝う。

 

ここをクリックしてください。


 

■編集後記

えー・・・またまた発行が遅れました。ほんまスンマセン。 これというのもライターのシ○トーが引越しの為、パソコンをはずしてしまったからに他ございません。 ほんまスンマセン・・・。 しかし、アジアの高温多湿に住む我らでございます。梅雨が明けたら暑い夏でございます。 とにかく、楽しく、自在に生きる。これです! 些細な事は笑い飛ばして、来月こそはオンタイムで出すぞと誓う、夏の夜でございました・・・。  

■原稿執筆者募集!
-------------------------------------------------------------------------------
「マイペンライでGO!」では、原稿を書いて下さる方を募集します。老若男女、国籍人種
問いませんが、原稿は日本語でお願いします。お問い合せは下記編集まで!


このメールマガジンに関するご意見・ご感想について
●ゲストブックを設けました。よろしければ書込み下さい。

BBSへ


  

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
=======================================================================
■次回の予告:2000年8
月中刊行予定!?■
=======================================================================

トップにもどる
トップへ戻る



編集:柏原  誠
    増田達也

Copyright(c)1999 Ncturne Club
許可無く転載することを禁じます。

2000年7月15日更新