第7号 (1503 バイト)



今号も前号につづいて発刊が遅れてしまいましたが、そのぶん新しいライターが2名も増えました!この新しい血の導入によって今後「マイペンライ」はどのよう展開していくのかとても楽しみです。まだまだ発展途上のウェブ・マガジンですが、動き続けること、進み続けることが何かを生み出すのかもしれません。変化し続ける「マイペンライ」に期待とご意見を!
ご意見・ご感想
およせ下さい!

画面ライダー連載中!画面ライダー連載中!画面ライダー連載中!   

 

「夕焼けイノキスト・宮脇まさはるのプロレス郷愁思考のすすめ」
          輝け!新しい価値の中で・・・の巻       ▼宮脇正治


 西暦2千年は、デジタル元年、とか。放送のデジタル化、通信とデジタルの融合、次世代メモリーカードの出現等、デジタルネットワーク社会の本格的な到来・・まもなく世界的規模で、人々の生活が飛躍的に変らざるを得ない、という所まできているようだ。現にこうして、パソコンやインターネットで知識・情報を、広く瞬時に受信・発信できている。
 そういえば、前号で「勇気あるもの」の作詞作曲者がわからず、思わず謝ってしまったが、その後インターネットを使えば、いとも簡単に解決した。それも、詞は佐伯孝夫で曲は吉田正、というだけでなく、1966年の紅白で吉永小百合が歌い、翌年の彼女主演の正月映画「青春の海」(西村昭五郎監督・日活)の主題歌であり、トニーズと歌っているということまでわかってしまったのだから、今更ながら、恐れ入った。
 私自身は、デジネットや通信技術には非常に疎い方だが、このようにハイテクで世界が大きく変貌しつつある現代社会にあって、少なくとも浦島太郎にだけはなってはいけないな、と思い直す昨今である。
 とは言え、プロレスに関しては、毎回、浦島太郎のような話ばかり書いている。プロレス最強説、プロレス郷愁論、影を描く、夢を追う・・現代の多くのドライなファン達にとっては、殆ど死語の羅列だろう。
 さて、プロレス最強説といえば、去る1月30日、東京ドームで、総合格闘技のビッグイベント『プライド・グランプリ2000』が開催された。ホイス・グレイシーやマーク・ケアーを始め、世界中から歴戦の強者が18名参加してのトーナメント1回戦。ルールは勿論バーリ・トゥード・・極言すれば、なんでもあり。最低ラインのルールは敷くが、相手をKO・戦意喪失させれば勝ち、というわけだ。プロレスからは5選手が参戦。高田はホイスに判定負け。桜庭はメッツァーとドロー。大塚はボブチャンチンに判定負け。藤田はナイマンに勝ち、大刀光はグッドリッジに秒殺され、全体的には、プロレス最強なんてとても言い難い結末だった。
 思えば世の中が、急速にデジネット化するのと同様に、格闘技界も、プロレス、K1、柔術、キック等、個々の枠の中だけでやってきた過去から急速にリンク・融合し、新たな価値を生もうとしている。猪木の異種格闘技戦の頃とは全く違うこうした状況の中で、もはやジャンル相互の強弱は何の意味もなさず、ジャンルを越えた選手=プロ格闘家相互の強弱と個性に、興味・焦点が完全に移行した。
 しかし・・。心情的には、やっぱりプロレスラーに勝ってほしい。そこで振り返ると今大会、最高に輝いてくれた男がいた。 藤田和之だ。 野人と呼ばれる彼は、今大会に参戦すべく新日本プロレスを退団。久々に猪木に教えを請い、オランダのプロ格闘家・ハンス・ナイマンと対戦した。ナイマンの強烈な打撃をかいくぐってのタックル、倒した後は、頭部を抱き込み、締め付けて2分48秒、見事にギブアップを奪った。
 この試合、藤田は、「イノキイズム最後の継承者」と紹介され、闘魂タオルを首にかけての入退場。そして試合後には、猪木ばりのマイク。特に最後の一節は、正月に同じ東京ドームで猪木が残したメッセージ・「道は、どんなに険しくとも・・・笑いながら歩こうぜー!」を野人風に「・・・笑って行こうぜ!」と、まさに爽やか笑顔で叫んだのであった。
 私の語るプロレスや人生の中核をなすのは、猪木。それも、今、起きている現象として捉えている。その現象の一つが、猪木の遺伝子達が彼ら流に闘魂を伝承し、昇華してゆく、ということだ。
 藤田はまさしく、それを体現してくれたと思っている。
 試合後、藤田はさっそく猪木に報告した。猪木は「よかった」と、ひとことだけ言ったそうだ。どんなニュアンスで、猪木は言ったのだろう。私も本当に「よかった」と思う。そして同時に「ホッとした」、というのが、正直なところなのである。


【宮脇正治:みやわき まさはる】1960年生まれ。佛教大学では放送局とプロレス研究会に所属。現在、プロスタイルレスリングJWA関西事務局スタッフ。

 

 


「Fomura1〜大地を翔ける秒速の戦士たち〜」
                                    ▼柏原 誠


 さあ3月だ。もうすぐ2000年のF1サーカスのスタートである。今年のF1のラインナップをちょっと書いておこう。そして僕なりに考えた「今年のチャンプ予想&要注目チーム&ドライバー」でも書きたいと思う。
【West McLARREN Mercedes】
ドライバー:M・ハッキネン('99ドライバーズ・チャンピオン)/D・クルサード
マシン:マクラーレンMP4−15(メルセデス)
【Scuderia Ferrari Marlboro】
ドライバー:M・シューマッハ/R・バリケッロ
マシン:フェラーリF1−2000(フェラーリ)
('99コンストラクターズ・チャンピオン)
【Benson & Hedges JORDAN】
ドライバー:H.H・フィレンツェン/J・トゥルーリ
マシン:ジョーダン無限ホンダEJ10(無限ホンダ)
【Jaguar Racing】
ドライバー:E・アーバイン/J・ハーバート
マシン:ジャガーR1(フォード)
【BMW WILLIAMS】
ドライバー:R・シューマッハ/J・バトン
マシン:ウィリアムズFW22(BMW)
【Mild Seven Benetton Playlife】
ドライバー:A・ブルツ/G・フィジケラ
マシン:プレイライフB200(プレイライフ)
【British American Racing】
ドライバー:J・ヴィルヌーブ/R・ゾンタ
マシン:BAR002(ホンダ)
【Gauloises PROST Peugeot】
ドライバー:J・アレジ/N・ハイドフェルド
マシン:プジョーAP03(プジョー)
【Red Bull SAUBAR Petronas】
ドライバー:M・サロ/P・ディニス
マシン:ペトロナスC19(ペトロナス)
【ARROWS】
ドライバー:P・デ・ラ・ロサ/J・フェルスタッペン
マシン:スーパーテックA21(スーパーテック)
【Telefonica MINARDI Fondmetal】
ドライバー:M・ジェネ/G・マッツァカーネ
マシン:フォンドメタルM02(フォンドメタル)

とまあ合計11チームでレースが行われる訳だが、まずチャンプイチ押し、本命はひいき目に見てM・シューマッハ。昨年は後半戦でクラッシュによる骨折が響き、チャンプ争いから離脱したので、今年は何とか勝ちたいと思う。ここ数年のフェラーリはマシンが安定してきたので、開幕ダッシュで宿敵マクラーレンとの差をつけておきたいだろう。そして対抗はやはり’99チャンプのハッキネン。速さではシューマッハとタメを張れるのだが、戦略面ではどうか。というのはマクラーレンはレースの展開で戦術をミスってしまうパターンが以外に多い。シューマッハはその辺りが絶妙にうまい。つまり「速さはあるけどレース運びに難あり」というのが僕のハッキネン見方。

さて小穴は無いかなと考えたら、昨年3位のフィレンツェン。この人シューマッハと同じメルセデス・ジュニアチーム出身のエリートドライバー。ただドライビングがちょっと大人しいような感じがするので目立たないが、職人的なドライビングが魅力だ。そして無限ホンダエンジンが昨年からビンビンに回る。既にフェラーリを超えたと言われるほど完成しているというウワサも・・・。中穴はジャガーに移籍したE・アーバイン。この人は全日本F3000でも早くて、F1日本GPにジョーダンからスポット参戦した時、強引な抜き方で亡きセナにシバかれたという実績のある人。1昨年の鈴鹿でクルサードを逆バンクアウトから抜いたのはもうカンドー的にドライブだった。ジャガーはフォードのワークス扱いなので、マシンが完璧なら行くかも知れない。

あと、個人的に要注目なのがブルツ。この人もメルセデス・ジュニアチーム出身。同僚のフィジケラが熱血イタリア人ドライバーなのでハデさがあるが、安定感で見るとブルツに利があるように思う。ただフィレンツェンと同じで「花」が無いねんなぁ・・。マシンスペックが少し低いので、ドップチームの2ndドライバーでもいいから移籍したら、これはひょっとしてと前から期待している人なのだ。
 最後に7年ぶりの復帰となるホンダについて触れておこう。今年の表彰台を期待する向きも多いが、上がるとすれば無限のほうだろう。恐らくチームもデータ取りの為にいろいろ試すだろうが、ただ97年チャンプのヴィルヌーブがお父ちゃん譲りのアグレッシヴさを発揮すれば、1・2勝はするかもねという感じ。
 さてこのマガジンが出るのがいつか不明だが、ラウンド1はオーストラリアGP。さて優勝するのは誰じゃぁ?


【柏原   誠:かしはらまこと】1963年2月生まれ。赤井英和・和泉 修を輩出した浪速高校を卒業、佛教大学で放送局に所属する。卒業後12年間のサラリーマン生活を経て独立、87年に設立したグループ、ノクターン・クラブを復活。和泉 修の誘いでテレビ番組の構成作家とうめだ花月シアターでの舞台演出を手伝う。

 


 

■『STARWARS SAGA GOES ON』...VOL.7
                                    ▼重藤貴志


さて、今回からは『STARWARS SAGA』の物語群を実際に紡いでゆく登場人物の話である。あまりにも壮大な物語群をいっそう魅力的にしている登場人物たちを知ることにより、『STARWARS SAGA』の世界観は、あなたの眼前に無限の広がりを見せてゆくに違いない。
ジョージ・ルーカスという不世出の才能が考え出した登場人物たちを一人ずつ考えよう。

まず最初に紹介しなければならないのは、『EPISODE.4 -A NEW HOPE-』の主人公であり、『EPISODE.5 -THE EMPIRE STRIKES BACK-』、『EPISODE.6 -THE RETURN OF JEDI -』という旧三部作を通して一人のジェダイとして成長したルーク・スカイウォーカーだろう。

ルーク・スカイウォーカーは、自分が受け継いだ類い稀なる才能と遺伝的形質の真価を自覚することなく、銀河辺境のアケイニス・セクターの外れにある惑星タトゥーインで入植者のラーズ夫妻に養育されていた。夫妻は入植者として水分合成農場を営んでおり、沙漠が広がるこの不毛な惑星で細々と暮らしていた。ルークを養育したのはこの夫妻で、彼等は幼いルークをジェダイ騎士オビ=ワン・ケノビから託されたとされている。その理由は、第一に実父アナキン・スカイウォーカーがフォースの暗黒面に落ちたからであり、彼と邪悪なる皇帝から隠すためであり、第二に、夫妻のうちのどちらかがオビ=ワンの血縁者であり、当時のオビ=ワンにとって最も信頼出来る養育者であったからだと考える。

幼いルーク・スカイウォーカーは実父アナキン・スカイウォーカーについては真実を知らされることはなかったようだ。「クローン大戦に参戦したスパイス(麻薬)輸送船の航法士」だとラーズ夫妻から教わっていたからである。また、世捨て人ベン=ケノビと名前を変えたオビ=ワン・ケノビと会うことも禁じられていた故に、自分の実父がジェダイ騎士であり、後のダース・ヴェイダー卿となった事実ばかりか、双児の妹が存在することさえ彼は知らずに育ったのである。幼いルークは非常に鋭敏な少年だったという記録もある。オーウェン・ラーズがなくした品物の場所を、ルークはフォースを使って見つけたのだ。

ラーズ夫妻の水分合成農場を手伝っていた少年ルーク・スカイウォーカーは、その実父から受け継いだ才能...フォースを無意識に使ったパイロットの手腕を開花させていった。悪友ビッグズ・ダークライターとともにT-16スカイホッパーに乗り、ウォンプ・ラットを狩っていたのは、この時代のことである。彼は帝国アカデミーに入学してパイロットとしての腕を磨き、大宇宙に出るのが夢だったのだが、その夢は常にラーズ夫妻によって阻まれていた。彼等はルークを深く愛していたが故に、彼が実父と同様の道を辿ることを怖れていたのである。荒野ウェイランドでルークの成長を見守っていたオビ=ワン・ケノビはただ独り、運命の歯車が回転する日々を待っていた。彼がジェダイとして目覚める日を。

ある日、街に出掛けたルーク・スカイウォーカーは、常人では見ることの出来ぬ宇宙戦を目にして驚き、仲間に報告する。しかし彼の言葉は誰にも聴いてもらえず、一笑される。たまたま帝国アカデミーを卒業して帰ってきた悪友ビッグズ・ダークライターでさえも、彼の話を本気にしようとはしなかった。しかし、ルークの目にした光景こそ、惑星タトゥーインの軌道上でレイア姫の乗る宇宙船がダース・ヴェイダー卿の率いる帝国軍に拿捕された瞬間だったのだ。やがてR2-D2とC-3POが乗った脱出ポッドが射出されることになる。
そう、これが『EPISODE.4 -A NEW HOPE-』の冒頭シーンへとつながってゆくのである。
あまりにも壮大な『STARWARS SAGA』は、ここから始まったといっても過言ではない。


【重藤貴志:しげとう たかし】1975年3月生まれ。東京出身。DJをめざし放送局に入る。卒業後FM京都のADなどの放送現場を経験。音楽・芸術に造詣が深い成長株のクリエーター。佛大時代に同期だった小林寛幸と共に次世代メディアであるインターネット放送局「N−mix」を設立・運営する。

----------------------------------------------------------------------------Internet Voice Station "N-mix"
http://www.n-mix.com/
Before The World's End - Tell A Lie -
http://www.n-mix.com/absolutezero/index.html
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■『世紀末映画考』 No.007
                                    ▼増田達也


 映画館でのマナーとは何だろう。映画館ではこのようにしなさい、こんなことをしてはいけません、というようなルールを我々は教えてもらった憶えはない。この頃映画館に行く度に怒ることが続いている。観客のマナーの悪さである。これは大阪に限ったことではないはずである。確かに大阪人の電車に乗るときのマナーは最悪である。「アホか!こいつら。」と思うことは度々である。おばちゃんもおっちゃんも若者もこどももみ〜んな、ルール無用である。まあでもそれが大阪か、とあきらめていたりする。
 映画館でマナーの無いやつに、注意したり実力行使(?)にでることもままある。たいがい奴等は何も反論しない。心の中で「うっと〜しい、やつやな〜!」と思ってたりするんだろうが・・・。しかし、マナーというか常識の欠落した人が増えているのは確かである。犯罪も陰湿な事件が続発し、それに対応する警察の行動も見識を疑うことが多い。いったいどう〜なっているんだ!とここで憤ってもしかたないが、まさに憂うべき状態である。
 
 ところで最近韓国映画の「シュリ」が話題になっている。現時点では観ていないので論評できないが、おもしろそうな作品である。香港映画が一時ほど活況を呈していない現在、次は韓国映画か?と思ったりもするが、韓国ではつい最近まで日本映画が上映禁止されていたし、現在でも若干自国の映画を保護する政策をとっていたりする。完全にオープン状態になった時、はたしてハリウッド連合に太刀打ちできるのか、日本のように占領されるのか。資本主義ではやはり、大金を投じた作品が世界を席巻するのが常識なのか。まあどんな世界にも例外がありますが。
 もうひとつおもしろそうな映画が「マグノリア」である。トム・クルーズがゴールデングローブ賞の助演男優賞やアカデミー賞の候補になったりで話題になっているが、監督のポール・トーマス・アンダーソンは前作「ブギーナイツ」で才能の片鱗をみせていた。この映画はポルノスターを題材にした映画で、映画からビデオに時代が流れて行くポルノ界をいろんな人間模様を絡めて描いていた。興行的にはヒットしてないと思うが、観たあとにめっけもの的な感想を抱いた。上映時間はけっこう長かったように思うが、今回の「マグノリア」も3時間を超す長尺ものである。「ブギーナイツ」がよかった僕としてはおすすめである。
 あと「スリーピーホロウ」もよさそうだ。監督がティム・バートンで主演がジョニー・デップだ。これだけで、期待させる。共演も旬のクリスティーナ・リッチとくればハズレはないだろう。

 20世紀最後の今年、結構面白そうな映画が年頭から上映されているが、邦画の方はどうなんだろう。この「世紀末〜」でも何度か邦画の不振等を取り上げたが、いまのところそそられる映画は目にしてない。誰か邦画でこんないい映画を観た!とか、今度こんな映画があるのだが良さそうでっせ、という情報を寄せて下さい。松竹や東宝のHPも米国の映画会社のHPと比較すると貧相だしねえ。金かけてないというか、作り手に力が入ってないというか・・・。金もかけないし、努力もしないということが結果に現れているんではないだろうか。21世紀までもう1年の1/4は過ぎたのである。ガンバレ!ニッポン!チャチャチャ!?


■今回のMASUDAのおすすめ映画(レンタルビデオ)は、
 「ブギーナイツ」(今号で紹介)です!


【増田達也:ますだ たつや】1964年10月生まれ。佛教大学時代は放送局に所属。イラスト・グラフィックデザイナーとして活躍し、今年独立。ノクターン・クラブのコア・メンバーとして主にWebサイトのデザインを担当する。音楽・映画に詳しく、作品に対してイーヴンな評価を与えられるアーティスト。後述の「画面ライダー」の作画担当。

 


「中年ロッカーの逆襲」
〜「拾得での出会い(どんとさん)」〜
                                        ▼Kei



 前回、「回顧録はいやだ」と言ったばかりなのに、今回も回顧録になりそうだ。まあいいか。
 拾得に務めていたことはなんども書いたが、そこで、いろいろなバンドを観て、いろいろな人に出会った。ブレイクダウンは月に1回はライブを行っていて、後にB.Bクイーンズで大ブレークする近藤房之助には2度ほどお尻を触られたし、豊田勇造のライブは大のお気に入りでLPにサインをしてもらったこともある。ウエストロードの演奏にはぶったまげて、そのころブルースが好きではなかったぼくも、「いい音楽はジャンルを越える」ことを実感することになった。
 拾得以外でもたくさんのライブを観た。何と言ってもバンパイヤには脳天をぶち割られるような衝撃を受けた。ライブバンドを夢見ていたそのころのぼくは、彼らの演奏を観て、「これがアマチュアか!」と絶句し、ライブバンドになることの難しさを痛感した。プロになる前のKYONさんが、DOCTORで毒っぽい叫び声あげていたのも観た。そうそう、少年ナイフの演奏も観たが、彼女たちの現在の活躍を、あのころのぼくは、全く予想さえできなかった。
 みんな、すごかった。今は「個性」という言葉が安売りされ、クウォークのCMでは「何でもかんでも『個性』と呼ぶ現代の風潮」を皮肉っているが、そんな安っぽい「個性」ではない、凄みを帯びた個性を目の当たりにしてばかりだった。

 そんな中で、どんとさんは、特に光っていた。彼の個性は、本当にだれとも違っていた。だいたい、ロックミュージシャンというものは、どこか近寄りがたいものなのだ。不良のにおいがすごく強かったり、仙人みたいに現実離れしていたり、やたら無愛想だったりするわけで、そのころのぼくのような「ロックに憧れてライブバンドを目指している田舎出身のミーハー少年」には話しかけることもためらわれるような人ばかりだった。しかし、どんとさんは、その誰とも雰囲気が違っていた。
 彼とは拾得で一緒に仕事をした。ローザ・ルクセンブルグでプロデビューする直前で、忙しい中、アルバイターとしてたまに拾得で仕事をしていた。ぼくがキッチンでフライパンを振り、彼はフロアー担当でウエイターをやっていた。彼は寡黙ではなくよくしゃべつた。そのころの拾得のスタッフは寡黙でおっかない人が多かったが(現在も務めている望月さんはおっかなくなかったが)、彼は非常に気さくでよくしゃべってくれた。ぼくが話しかけることにもいちいち答えてくれた。拾得に置いているレコードは、流行りすたりのない、時を越えてすぐれた音楽性をもっているものばかりだ、そういう基準で選んでいることも(本当はテリーさんの趣味というだけなのだが)教えてくれた。彼と務めた日は数えるほどしかなかったが、本当に楽しかった。それに、もうすぐプロになるのだという気負いも、彼からは感じなかった。仕事もとても楽しそうにやっていた。けれど、何か、他の人とは違う、華やかさをもっていたし、気高さも感じた。

 バンパイヤのライブに、彼が飛び入りしたことがある。女の人の着物を着て、飛び込んできたどんとさんは、ここだけの話だが、ローザのライブのときよりも楽しそうだった。彼の音楽は、温かかった。毒をもった言葉や音やパフォーマンスも、不思議と温かかった。一緒にいる人を楽しくさせる不思議な体温をもっている人だった。
 プロになってからは会っていなかった。大学を卒業して、10年ほどして、拾得を久々に訪れたとき、テリーさんが、「どんとに坂本君(ぼくだ)のことを話したら、『覚えてますよ。GAOSSでしょ。』」と答えていたと教えてくれた。

 1月28日、彼は帰らぬ人となった。ボ・ガンボスをやめて沖縄に住んだ彼は、もともと遠い人になっていたのだが、もう、彼に会うことはできなくなった。けれど、彼の残した音楽と彼と関わった思いでは、今でも、平凡な暮らしをしているぼくを楽しませてくれている。


【Kei:本名 坂本桂】ブリティッシュ・ロックの大御所「THE WHO」デビューの1964年に生まれる。高校時代「SMO 」/「ストーン・ギャザーズ・ノー・モス」というストーンズ、ピストルズ、フーなどのコピーバンドのVo.を経験後、1982年に「GAOSS」を結成。オリジナル曲を中心に京都の「拾得」「磔々」大阪「エッグプラント」等で演奏活動を行うが1987年に解散。その後10年のブランクを経てBitter・Tasteを結成。


「馬券悲喜こもごも」
                                     ▼寺西裕一



競馬の実況をしていて、よく受ける質問に「やっぱり馬券は買うのですか?」「いろいろ情報入るんでしょう?」というのがあります。もちろん「馬券は買います」が、「情報は馬券に直結するものなんか耳に入らないし、的中率はあまり高くないでしょう」というのが、質問に対する答え。放送関係に関わらず、専門紙、スポーツ紙などの活字系の人も馬券で儲かっているという話はあまり聞いたことがありません。「ボーナス全部つぎ込んだ」とか、「家一軒分は負けてるで」とか、「競馬場の改装費の半分はわしの金や」などと冗談半分、本気半分の話はよく伺いますが・・・。取材中に親しい騎手や厩舎関係者から「この馬いいよ」という囁きに乗っかって大勝負してドッカンなんてこともあるし、馬を見る目が肥えている分、気配の良さに騙されてしまうことも多いようです。ひょっとしたら一般の方より損をする度合いは高いかもしれません。競馬はその馬の気配が良くても、他の馬との力関係や当日の馬場、レース展開、表に出ない精神面などいろんなファクターの上で成り立っているもの。例え、長年数多くの馬を管理している調教師の先生方でも予想は難しいものなのです。実際、調教師や騎手の自信度とレース結果がフィットするなんて1年に数えるほどしかありませんから。

同じマスコミでも、レースを生で伝える放送関係、特に実況者本人が馬券を購入することはそれなりの危険を伴います。自分の投票している馬が勝負どころでズルズル後退してくれれば早めに頭の切り替えもできますが、ゴール前までがんばろうものなら微妙に声のトーンにも影響が出てしまいます。ましてやゴール寸前に馬券対象圏から外れようものなら、悲鳴に近いトーンになっているのではないでしょうか。先輩の中には自分の買っていた馬をゴール前まで連呼した挙げ句、「****は惜しくも4着!」と勝ち馬よりも先に4着馬をゴール後に叫んだという人もいます。確かに着差に関係なく自分が買っていた馬の着順に「惜しくも」という接頭語をつけてしまうことは多いようです。逆に的中したときは、こみ上げる嬉しさを抑えながら、「やりました!」と、馬の勝利を賞賛しているのか、馬券の的中を喜んでいるのか、よくわからない言葉が出てきてしまいます。どちらにしても、勘のいいリスナーやスタッフには、どの馬に投票していたかばれているのではないでしょうか。

また、放送の解説陣も熱い方はたくさんいます。自分が信念を持ってつけた印です。専門家としてのプライドもあります。その馬に対する思い入れは半端なものではありません。したがって、レース中、叫び声が入らないようにヘッドホンマイクを外して、印をつけた馬を応援、ゴール前は立ち上がって叫びまくるという方もいらっしゃいます。そこで影響が出てくるのがレース回顧。印通りなら見事なレース分析を披露してくれるのですが、予想が全く外れてしまうと悔しさと脱力感の入り交じった心理状態で、あまり振り返りたくないレースを解説しなければなりません。どうしても言葉の覇気もなくなってしまいます。それでも勝った馬を賞賛し、負けた馬の敗因を分析し解説者としての責任を全うする義務があるのです。予想段階の理由づけと結果が出た後の理由づけをいかに納得のいくように説明していくか、放送解説のご苦労は大変なものだとつくづく感じます。

以前、隣に座っている解説者に自分の投票券を見せて実況したところ、見事高めが的中、ゴール後まだ実況中の僕に何度も握手を求めてこられて困ったことがあります。また、的中のうれしさのあまりハナ差の接戦を言い切ってしまい、ディレクターに大目玉を食らったこともあります。思い起こせば私の場合は外したときより、的中したときの方が、回数も少ない分、影響が出てしまうような気がします。ただ誤解があっては困るのですが、決していい加減な気持ちで競馬放送に携わっているわけではありません。仕事に影響があるなら馬券購入は控えるべきじゃないか、とお叱りになる方もいらっしゃると思います。ただ、ご理解を乞うなら、前日から実況担当レースを勉強していると、どうしても自然と購買意欲が湧いてきてしまうのです。我慢して、もし、自分の予想が当たったら、それは馬券を外す以上に精神衛生上よくないことなのです。そして、何よりもファン心理に近づいた中継をするためには放送する側も馬券を買う方がいいんじゃないかと思うのです。実況に影響を及ぼさないような強靭な精神力を身につけるよう精進していきますので、どうかご理解をいただき、放送スタッフの微妙な心の動きもレース同様楽しんでいただけたら幸いです。



【寺西裕一:てらにし ゆういち】1965年生まれ。佛教大学時代は放送局アナウンス室に所属。卒業後、KBS京都を経てフリーのアナウンサーとして活躍。主にスポーツ実況の分野(競馬・競艇・野球・サッカー等)で実力を発揮している。自立心旺盛でしっかりした考えを持つ反面、方向音痴という憎めない面を持つ実力派アナウンサー。


 


「良い音楽の条件」
                                     ▼二十日鼠



 男性生殖器を持って生まれた人間のほとんどは十代になると、ロックン・ロールの洗礼を受けることになる。僕もその例に漏れず、十代でロックにはまって未だに聴き続けているが、どちらかと言うと邦楽よりも洋楽の方を好んで聴いている。今もこうしてこの日記を書きながらロックを聴いている。
 僕の部屋のCDラックにはたくさんのロックがあるが、その中でも本当に良いと思うものは十分の一程度である。それもそのほとんどが古いアーティストのアルバムである。僕は思うのだけれど、耳に馴染みやすいだけの音楽と本当に良い音楽を選択するにはある程度の時間が必要なのではないだろうか。しかし、近頃では新しいアーティストがそれこそ毎日のようにデビューして、いささかついていけない状態にある。どれが自分にとって必要な音楽で、どれが自分にとって必要ではない音楽なのかという選択を行う時間もなく、膨大な情報ばかりが入ってきてそちらへ流されてしまう。
 もちろん道標として、ある程度の情報が必要なことも解るが、問題はあまりにも巨大で漠然としか見えないマスメディアの流す情報の量が圧倒的過ぎて、ひとりの人間が実際にその足で歩き、実際にその目で探し求め、実際にその手で触れて確かめたという本物の情報が見えなくなってしまうということだろう。
 このことは音楽という分野だけに限ったことだけではないが、誰もが何かを探す楽しみを忘れてしまっているような気がする。良い音楽なり、素晴らしい小説なり、面白い映画なりを自分自身の手で見つ出したときの感慨はひとしおである。そしてそのようにして得たものはいつまでも自分の中で本物の「My Favorite」になるのではないかと思うのです。


【二十日鼠:はつかねずみ】性別、経歴、ともに不詳。ネット上で自作の小説を発表しながら細々と暮らしている。

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熱帯夜 - A Midsummer Night - 
http://user3.allnet.ne.jp/20dayrat/
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「主婦流ガンプラ爆走道」
                〜始まりの記憶〜          ▼北川こころ


「ガンプラ」というものをご存じだろうか?通称「ガンプラ」とは、1979年〜テレビ放映された「機動戦士ガンダム」というアニメーションに登場する「人型戦闘機(通称MS-モビルスーツ)や戦闘機」の「プラモデル」のことである。私が小学生の頃、男の子を中心に一世を風靡し、そして今も大人から子供まで、幅広く支持される今や「プロ」まで存在する玩具キットである。「機動戦士ガンダム」のストーリーとは、宇宙を舞台とした戦争の記録であり、その神髄であるMSの発展の歴史でもある。

私がこの「ガンプラ」にハマったのは20歳も過ぎてから。昔「ガンプラ少年」であった友人に連れられて玩具店に行ったときであった。友人が懐かしげに見つめる「ガンプラ」を見、「簡単そう」と思ったのが私の「ガンプラ人生」の始まりであった。
そのころ、ガンプラは大人をターゲットとした、リライトされた、すでに着色もされ、関節部が動く、一体¥3000程のマスターグレードモデル(MG)が発売され始めた頃だった。さっそくそれを購入して帰宅。ものの3時間ほどで組み上がり、完成も美しいものだった。そして、その姿のカッコイイこと!!

興奮してしまった私はその後、次々とガンプラを作ることとなる。そして結婚、出産後、フリーライターの主婦として生活するようになった現在も、その趣味への興味は衰えることはない。同じくかつて「ガンプラ少年」だった主人と競うようにガンプラを購入。、今や寝室のチェストはカラーボトルに埋め尽くされてしまった。様々な器具や道具を武器に?日々ガンプラを作るのである。そしてその数約100体。

この場をお借りして、私は「主婦流ガンプラ」の知識と知恵を惜しげもなく披露したいものである。


【北川こころ:きたがわこころ】1974年生まれ。日本大学芸術学部卒業後、出版広告業に職を得る。出産を機にフリーとなり、雑誌への原稿を執筆する傍ら、密かな趣味として「ガンプラ」に熱中。現在は「読み物系HP〜君もサボテンになってみないか?」と「CHAT WIRED」の運営管理にも励む。

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君もサボテンになってみないか?

http://www.angel.ne.jp/~kitagawa/

CHAT WIRED -2nd Eddition -
http://rv101.virtualave.net/
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■編集後記

いやいや・・・12月の2回出稿が3月まで尾を引いて、ついに遅れちゃいましたね。

しかし!豪華執筆陣が増えたといううれしい出来事を考えると、まぁ当然の事ちゃうかと言いたいです。

何度も申し上げますが、ご覧になった方は、ぜひぜひゲストブックに書きこんでください。編集長が

ノイローゼになりかけて困ってます。(笑)

 

■原稿執筆者募集!
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「マイペンライでGO!」では、原稿を書いて下さる方を募集します。老若男女、国籍人種
問いませんが、原稿は日本語でお願いします。お問い合せは下記編集まで!


このメールマガジンに関するご意見・ご感想について
●ゲストブックを設けました。よろしければ書込み下さい。


  

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■次回の予告:2000年4月中刊行予定!?■
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編集:柏原 誠 kashihara@nocturne-jp.com
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