第4号 (1503 バイト)
読者のみなさまたいへんお待たせしました!
待望の2000年一発目である第6号が、やっ
とこさ刊行されました。今号はライター陣も充
実した内容を届けようと推敲に推敲を重ねた(?)
結果、若干予定よりも遅れてのお目見えに
なりましたが、コラム数も1本増量しての大盤
振る舞いでやってますので、じっくり読んでやって下さい。
そして感想をどんどんゲストブックに書いて下さいね!
 
ご意見・ご感想
およせ下さい!
 

「夕焼けイノキスト・宮脇まさはるのプロレス郷愁思考のすすめ」
          ♪果てしない旅だけど 笑いながら行こう・・・の巻   
                                      ▼宮脇正治


 新日本プロレス、初春恒例1・4東京ドーム大会。2000年は、猪木の一声で幕が開いた。この日のお目当て、橋本・飯塚組(新日本)対小川・村上組(UFO)の試合前に、立会人として登場した猪木。マイクを手に取るや、「道は、どんなに苦しくとも・・・笑いながら歩こうぜー!」。 さわやかな笑顔、力強い声。場内は大歓声とイノキコール。幾度となく生き地獄をくぐり抜け、今なお壮大な夢を追い続ける男の、心の底からのエールだ。引退して2年近く経つというのに、この人の一挙一動は、今もマット界に大影響を与える。
 私はこの猪木のメッセージを聞き、ある古い歌謡曲を思い出した。それは、吉永小百合の「勇気ある者」・・♪この道は長いけど歩きながら行こう/石っころだらけでも歌いながら行こう/ごらん、ひまわりは空へ太陽へ/友の背中を叩くとき友と手と手を握るとき/この手のひらに勇気が湧いてくる・・・と、文字で書いても感じが出ないのだが、節をつけて歌うのも超気恥ずかしい、青春純情歌だ。
 猪木の姿や試合を観る者は、おみやげとして「勇気」をもらう。壮絶な生き様に裏付けられた闘い模様、表情、目、言葉・・・これらは、リングや会場を遥かに超えて、観る者の生き方さえ変えてしまうほどの、強烈な主張を叩きつけてくる。
 さて試合は大激戦の末、飯塚の頑張りもあり新日組がUFO組を破り、橋本も小川に、少しは昨年の借りをかえした。そして、2000年を越えプロレスはどうなっていく? この問いの一つの答えが、この一戦にはあった。それは、プロレスと総合格闘技の融合化。これについては改めて書きたいが、グローブやレガースをつけて闘うプロレスラーが、今後ますます増えてゆくだろう。逆に、そんな流れが強くなるほど、全日プロのように、王道を往く正統派プロレスもその粋を極めていくに違いない。

 もう一つの大きな流れは、エンターテイメント路線。中でも注目は、大阪プロレスだ。入場料も格安で、子供から熟年まで、家族そろって安心して楽しめる内容である。
 大阪にプロレスを根付かせ、大阪名物と言えば、よしもと・大プロ・タイガース、と言われるまでにする!とのスペル・デルフィン社長(大阪の人)の発想で、新しい興行形態を取り入れた。つまり、毎週末の土・日、キタとミナミ2つの常打ち会場(収容3〜400名)で、ちょっと映画でもみていこか、ぐらいの感覚の料金(大人¥2,500、中高生\2,000、小学生\500!)。試合会場のモニター画面で、前大会までの流れをおさらいする等、ストーリー性とわかり易さを大切にして、地道に頑張っている。その成果か、プロレスに縁のなかった人々まで、毎週観戦に訪れたりしているようだ。
 1・4なみはやドーム。大阪プロレスとしては、新日の1・4東京ドームに匹敵するビッグマッチだ。えべっさん(モロえべっさんの覆面と装束)対くいしんぼう仮面(くいだおれ人形そのまま)の、大阪名物世界一決定戦。K1王者村浜武洋対星川尚浩の異種格闘技戦。世界のディック東郷対スペル・デルフィンの大プロ初代王座決定戦・・・デルフィンの必殺技は御堂筋スタナー、大阪臨海アッパー、関空トルネード・・もうコテコテに塗りたくって、笑いあり、恐怖あり、もちろん技と力とスピードあり、そして感動あり!全試合終了後には、悪役以外の全選手が、出口にて、お客を握手で送り出す。デルフィンらを見ていると、男って本当にヒロー願望の強い生物だな、と思う。彼等の夢、ヒーロー願望、情熱、勇気・・直接伝わってくる。それが伝導し、共鳴する。共鳴できる私達はみな、やはり夢追い人なのか。
 ♪幸せはどこにある捜しながら行こう/果てしない旅だけど笑いながら行こう/ごらん夕焼けの空はあかね色/友と悲しみ語るとき明日の楽しさ語るとき/この唇に勇気が湧いてくる/ ごらん進み行く道の砂ほこり/友の顔にもついている僕の胸にもついている/この靴音に勇気が湧いてくる・・・・・。
 猪木は言う。人は歩みを止めたとき、挑戦することを諦めたときに、年老いていく、と。 歩き続け、夢を追い続ける勇気。諦めない勇気。「勇気ある者」。私がプロレスラーやイノキ現象に共感するのは、このあたりのことがジ〜ンとくるからなのである。
(「勇気ある者」作詞作曲者、調べたが、わかりませんでした。深謝。)


【宮脇正治:みやわき まさはる】1960年生まれ。佛教大学で放送局とプロレス研究会に所属。プロスタイルレスリングJWA関西事務局スタッフ。

 


「僕の趣味的領域 〜その1 1/43ミニカー〜」
                                      ▼柏原 誠


「モノを創る」ということが趣味の大半を占める僕ではあるが、恐らくずっと創り続けてゆくだろうというのが1/43ミニカーである。子供の頃から僕はプラモデル大好き少年で、戦車に始まり鉄道模型へと移行する中で、やはり父チャンの影響かクルマに目覚め、そして1/43というカテゴリーに行き付いたのである。

内容はぜいたくにもホームページにて紹介させて頂いているので少し省略するが、総じて言えばオモチャ屋さんで売っている金属性のミニカーの手作り版と言えば、お分かり頂けるのではないか。しかも市販品よりチョー精密!その世界たるや髪の毛より細いようなプラグケーブルや可動するステアリングなど、ここまでどうやって作ったんですかというくらい精密なのである。しかも完成品の価格たるや悶絶モノ。ピンは2万円からキリは60万てのもある。(言っとくが全長10cmのミニカーだよ)

「なんでそんな肩の凝るようなことができるの?」とよく聞かれる。
確かに根を詰めて作れば肩は凝るわ、目はショボショボするわで、案外大変な事は確かなのだが、それでも作り続ける理由は簡単、「楽しい」からだ。プラモデルと違い設計図が無いかが外国語で書かれている事の多い1/43キットは、まず自分の中で工程をシュミレーションする必要がある。まるで暗号を解読するような感覚で、金属でできたパーツを睨みながら推理してゆくのだ。

 なんて言うとすごく堅苦しいのだが、実際にはプラモデルでは売られていないクルマなんかがポンポン出てくるのがたまらなく嬉しいのだ。まだ手をつけていないストックだけで僕の本棚には40台ほどの1/43キットがあるが、その中でもイタリア・ベルリーニ社製のメタルキット「アバルト695SS」なんかはもう、ドンガ
ラを見てるだけで楽しくなってくる(ルパン3世が乗ってた小さいアレね)。あと、こんなん知ってる奴絶対すくないと思う「日野ルノー4CV」なんかも、作るのが楽しみなキットである。

1/43を始めてもう7年ほどになる。本箱の40台が早よ作らんかいと言ってるような気もするが、趣味は至ってマイペースが長続きの秘訣だと思う。つまり、「あともうちょっと作りたい」と思うところでスパッと作業を止めてしまうこと。実はこれがキレイに仕上げるコツでもあるのだ。
最後にこれが一番楽しいっていうのをひとつ。僕は作ったらほとんど人にあげてしまう(というより、先に譲渡先を決めて作ることが多い)のだが、クルマが出来て渡した時に喜んでもらえるのが、実は何よりも嬉しい。グループワークではなく、自分ひとりでのアートワークなので、本当の自分が表現できるようで実に「楽しい」のだ。

さて次は何の趣味を書こうかな〜♪



【柏原   誠:かしはらまこと】1963年2月生まれ。赤井英和・和泉 修を輩出した浪速高校を卒業、佛教大学で放送局に所属する。卒業後12年間のサラリーマン生活を経て独立、87年に設立したグループ、ノクターン・クラブを復活。和泉 修の誘いでテレビ番組の構成作家とうめだ花月シアターでの舞台演出を手伝う。

 


■『STARWARS SAGA GOES ON』...VOL.6
                                    ▼重藤貴志


前々回Vol.4から本稿で論じてきた《JEDI》に対する真の脅威について、今回で結論を出すことになるが、その経緯について簡単に振り返っておきたい。

『STARWARS SAGA』を知る多くの人々にとって、おそらく《JEDI》に対する真の脅威は前回、“ジェダイ・ホロクロン(Jedi Holocron)”の記録に遺された暗黒の《JEDI》、“シスの暗黒卿(Dark Lord Of The Sith)”という称号で呼ばれし戦士に違い無い。確かに彼等は《JEDI》と同様の能力を持ち、自己の目的遂行のためならば、《FORCE》を悪用することを厭わない上、例外なく《JEDI》を憎悪し、銀河世界の秩序の守護者たる《JEDI》とは必ず敵対する存在だからである。《ジェダイ騎士団》大分裂以来の...。

しかし、考えてみて欲しい。
“シスの暗黒卿(Dark Lord Of The Sith)”の存在は、確かに恐ろしい脅威ではあるが歴史上、《JEDI》が、幾度も彼等の撃退に成功していることは周知の事実である。“ダーク・ジェダイ (Dark Jedi) ”の反乱である<100年戦争 (A Century-long War) >
に始まり、ナガ・サドゥ(Naga Sadow)による< 高次空間大戦(Great Hyperspace War) >
、イグザァ・クン(EXar kun)とウリック・クェル=ドロマ(Ulic Qel - Droma) という2人
のシスの暗黒卿により勃発し、クロン星団が壊滅した< シス戦争(The Sith War) >...
これら古代から連綿と続く戦争は全て《JEDI》の勝利に終わっている。
また、皇帝パルパティンがその奸智を駆使して若きアナキン・スカイウォーカーを陥れ、新たなるシスの暗黒卿ダース・ヴェイダーとし、銀河全域の《JEDI》を滅ぼしていった絶望に満ちた恐怖政治の時代でさえも、“新たなる希望”ルークと父親アナキンという、スカイウォーカー父子によって、《JEDI》の勝利に終わったのではなかったか。

では、《JEDI》に対する真の脅威、とは、いったい何を意味しているのだろうか。
その重大な示唆は、偉大なるジェダイ・マスターであるヨーダが遺した言葉にある。
『EPISODE.5 -THE EMPIRE STRIKES BACK-』の中から、その場面を引用してみよう。


ヨーダが隠棲していた惑星ダコバで、若きルーク・スカイウォーカーが修行していた頃、師弟は強力な暗黒面のフォースを発する不気味な大樹の洞窟の前に立っていた。
「...寒気がします」ルークは奇妙に歪み絡みあった大樹の根が形作る洞窟を見つめながら言った。ジャイマー・スティックを銜えながらヨーダは、穏やかに不安げな弟子を見ていた。「あの大樹には暗黒面のフォースが渦巻いておる...邪悪なる力...あの中へ入るが良い」「...あの洞窟へ? あの中にはいったい何があるのですか、マスター?」無意識のうちに手を腰に着けたライトセイバーに置きながら、ルークは師に訊ねた。「おまえが持ち込むものじゃ...」謎めいたヨーダの返答に溜息をついたルークは、試練に立ち向かうため、深呼吸をした。ジェダイに成るための修行に「やってみる」はない。「やるか、やらぬか」なのだから。しかし、武器は必要だ...ルークはライトセイバーを握り締め、光刃を煌めかせた。「ライトセイバーは」と、ジェダイ・マスターは静かに弟子を諭す。「置いてゆけ...不要じゃ」あんなに恐ろしい場所に、ライトセイバーを持たずに入る自信は、ルークにはなかった。師の言葉に首を振ると、ルーク・スカイウォーカーは洞窟に入っていった...。


この後、ルーク・スカイウォーカーは、ダース・ヴェイダーの幻影と直面し、激しい死闘を繰り広げた後、シスの暗黒卿の首を斬り落とすことに成功するのだが、大地に落ちたその首が自分の顔をしていた事実に愕然とし、大きな衝撃を受ける。

全てはフォースの暗黒面が見せた忌わしい自分のなかの殺意だったのである。ヨーダが何を云いたかったのか、ルーク自身は完全に意味が解っていなかっただろう。おそらく漠然とフォースの暗黒面が恐ろしいことを実感した程度だったに違いない。
ヨーダが云いたかった《JEDI》に対する真の脅威とは、こういうことではないか。自身に内在する憎悪、憤怒、殺意、畏怖といった負の感情が喚起するフォースの暗黒面。しかし、それら負の感情は、どんな修行をしても完全に取り払うことは不可能である。生きている限り、それら負の感情は些細なことで心の隙間に忍び込む邪悪な影なのだ。どんなに才能があり、修行を懸命に積んで技術を修得した者でも、感情だけは消せない。それこそが、まさに《JEDI》に対する真の脅威であると云っても過言ではないだろう。常にフォースの暗黒面に引き込まれる危険性こそが、《JEDI》に対する真の脅威なのだ。ダース・ヴェイダーをはじめとするシスの暗黒卿たちは、ある意味、犠牲者に過ぎない。彼等は、負の感情という名の堅牢な魂の牢獄につながれた囚人たちなのだから...。


【重藤貴志:しげとう たかし】1975年3月生まれ。東京出身。DJをめざし放送局に入る。卒業後FM京都のADなどの放送現場を経験。音楽・芸術に造詣が深い成長株のクリエーター。佛大時代に同期だった小林寛幸と共に次世代メディアであるインターネット放送局「N−mix」を設立・運営する。

 

 


■『世紀末映画考』 No.006
                                    ▼増田達也


この連載も、いよいよ本当に世紀末に突入したということで盛り上がりを見せ始めてきました!ワァ〜!パチパチパチ!
そう言えば、「スクリーン」「ロードショウ」の二大映画雑誌があり、「ロードショウ」の方をよく読んでいた記憶があるが現況はどうなっているのだろう。今でも売れているのだろうか?
「プレミア」という〜世界でいちばんよまれている映画雑誌〜と謳っている本を最近はよく読むが、日本ではいちばん読まれているのだろうか?ど〜でもいいことだが、ちょっと気になった。

先日、千葉真一がアメリカ映画界と日本映画界のちがいを話していたが、う〜んと唸ってしまった。彼が云うにはアメリカでは撮影現場で俳優(この場合は千葉真一)やスタッフに何かアイディアはないかと聞くらしい。
彼は現実的にはむずかしいだろうがアイデアとして、こんな撮り方はどうかと提案する、すると「それ、いただき」ということになり、すぐさま撮影できるように現場が動き出すそうだ。しかも、そのアイディアにはギャランティーが生じるのだ。
日本の場合はというと俳優がそんなこと云うとわがままだといわれるし、まずそんな聞き方はしてこない。俳優は遠慮するし、製作側も俳優にアイディアを求めたりしない。それにアイディアにギャランティーを払うという発想そのものがないように思う。
いわばアメリカ映画にはそれ自体にチャンスが転がっており、いたるところにチャンスがあるからこそ、そこで働く人間はヤル気をおこし、結果的に作品自体の向上を促す。

やはりシステムを変えないと日本映画はハリウッドに勝てないのか?作品として勝つ映画は、優秀な監督やプロデューサーにより生まれることもあるだろうが、映画を産業と捉えた場合完全に差をあけられている。従ってスポーツ界のように今後、上をめざす人間はどんどんアメリカに渡ってほしい。
プロ野球選手がメジャーリーグをめざすように、JリーガーがセリエA等の海外へ移籍するようにどんどん若手が海を渡って、日本のちいさな殻をうち破っていってくれれば、少しずつでも変化がおこるのではないだろうか。でないと内輪でこじんまりまとまった作品しか、生まれてこないだろうし、薄っぺらなガキ役者ばかりが氾らんすることになるだろう。

海外に行けば日本人は至る所にいるが、どんなところを見ているのだろう。観光名所をみたり遺跡をみるのはいいだろうが、何が目的なのだろう。「海外旅行」自体が目的、或いは買い物が目的になっていたりして「何」をしに行くのかがよくわからない。リゾートに行くのなら思いっきりリラックスしたらええのにね〜。

話がそれたが、今年は去年よりもさらに劇場に足を運んで映画をみてみたい。脳みそがガツ〜ンとゆれるぐらい衝撃的な映画も久々にみたい!とにかく世紀末を飾るにふさわしい映画を僕らは待っているのだ。


■今回のMASUDAのおすすめ映画(レンタルビデオ)は、
 「戦争のはらわた」(邦題はえぐいですねえ〜)です!(数十年ぶりに映画館で再映されるらしいです。東京だけかも・・・)


【増田達也:ますだ たつや】1964年10月生まれ。佛教大学時代は放送局に所属。イラスト・グラフィックデザイナーとして活躍し、今年独立。ノクターン・クラブのコア・メンバーとして主にWebサイトのデザインを担当する。音楽・映画に詳しく、作品に対してイーヴンな評価を与えられるアーティスト。後述の「画面ライダー」の作画担当。

 


「中年ロッカーの逆襲」
              〜「Hey!」〜           ▼Kei



 今までに何回かこのマガジンに投稿してきたわけだが、ふと振り返ってみると、昔の話であったり、ギターの話だったりで、今、ぼくが、ミュージシャンとしてどのように考え、どのような音楽を創り出しているのかということについてはほとんど触れてきていなかったことに気づいた。これではいけない。こんなことではミュージシャン失格である。だって、今までの原稿の中味では、ただのギターマニアや、昔(学生時代に)バンドを経験しただけのただのおっさんの回顧録にすぎないからだ。タイトルを「中年ロッカーの逆襲」としている以上、中年ロッカーが、年齢やさまざまな制約のなかで、何に対してどう逆襲しようとしているかが記されるべきではないか。
 ということで、今回は、ぼくが、今の世の中をどう観てどのような思いを歌にしているかを書いてみようと思う。

Hey!

閉ざしていた窓を 開いて外を観ている
知らぬ間にまわりは せっかちになったように見える

大人は速足で 子供をせきたてている
小さなランドセルに 重い荷物を詰め込んで

みんなと同じように みんなに遅れないように
たった一つの道しか 通れないとでもいうように

Hey! 「違う生き方もあるのさ」と
Hey! どうしてだれもが言ってやらないの?

風向きが変わっても 気づかずに続けるんだろう
自分だけが正しいと 信じて死んでいくんだろう

強くならなくても 早くできなくても
すてきな音楽は 聴くことができるだろう

Hey! 「自分の生き方もすてきだよ」って
Hey! どうして大人は言ってやらないの?


 メロディーが伝えられないのがもどかしいが、これが僕のバンドBitter Tasteの代表曲の一つ「Hey!」の歌詞だ。少年犯罪が激増し、教育をはじめとする子どもの問題がクローズアップされている。確かに、壊れてしまったかに見える子どもは非常に多い。ではそうした子どもたちは、自然発生的に生み出されてきたのだろうか。社会不安や教育システム上に、あるいは家庭での育て方などに問題はないのだろうか。「ない」と答えられる大人はいないだろう。
 先日、あるテレビドラマでこんなせりふがあった。「子どもが大人よりも先に悪くなった時代はない。」事細かに原因を論じていくのは、この稿の本題ではないので省略するが、今問題になっている子どもたちの荒れは、大人社会が不安定であることが反映されたものであるとぼくは思う。「個性尊重」とか「子どもの権利」などという美辞麗句を並べるつもりはない。ただ、大人が、世の中の風潮に流され、依存的に生きざるをえない状況の中で、子どもにのみ正しい生き方を押しつけることはできないだろう。大人が自分の生き方を見つめ、自分の生き方を誇れるようにならなければ(それは理想的な大人という意味ではない。それぞれの人生をどう主体的に生きているかという意味においてである。)、子どもは自分のめざすべき路を見失い不安に包まれるのである。ぼくには歌を創ることしかできない。その自分にできる範囲の中で精一杯子どもと大人の生き方について訴えたかったこと、それが「Hey!」である。



【Kei:本名 坂本桂】ブリティッシュ・ロックの大御所「THE WHO」デビューの1964年に生まれる。高校時代「SMO 」/「ストーン・ギャザーズ・ノー・モス」というストーンズ、ピストルズ、フーなどのコピーバンドのVo.を経験後、1982年に「GAOSS」を結成。オリジナル曲を中心に京都の「拾得」「磔々」大阪「エッグプラント」等で演奏活動を行うが1987年に解散。その後10年のブランクを経てBitter・Tasteを結成。

 


「競艇フライングの恐怖」
                                     ▼寺西裕一



 競艇のスタートは競馬、競輪のようなオンラインスタートではなく、スタート地点にある大時計の針が真上を指してから1秒以内にスタート地点を通過しなければならないというフライングスタートで行われている。時計が真上を指す前にスタートラインを通過すればフライング、1秒過ぎて通過すればレイトとなり、そのレースから除外される。審判員の「フライング(レイト)除外!」のコールがあれば、すごすごとコースから外れなければならない。そして、その選手に投票したファンは賭け金が返還される。その分、売り上げは落ちるわけだから、スタート事故をした選手は1回につき1ケ月のお休みを強いられ、一定期間内に規定回数以上に至った場合は選手生命も危うくなる。したがって選手は、正確なスタートを身につけるため、養成期間中に数千本のスタート練習を行い、スタート勘を養うのである。しかし、どんな一流選手になっても、コンマ数秒の世界である。微妙な誤差が生じ、スタート事故を犯してしまうことはある。人気を集めた選手がスタート事故を犯せば、売り上げの大半が返還されることになる。ファンには有り難いが、選手と施行者にとっては悲劇である。

また、競艇には新鋭リーグといって、選手になって7年未満の若手ばかりが争うシリーズがある。当初は、これで実践を積んで、駆け引きなども覚えてもらおうという"若手救済"の意味合いもあったが、最近は若くして頭角を現す選手も増えてきたため"若手レーサーの祭典"としてスピード戦が楽しめる人気シリーズとなっている。そして、その頂点となるのが「新鋭王座決定戦競走」。新鋭王座のタイトルを手にしてスターダムにのし上がった一流レーサーも多く、まさにビッグネームへの登竜門と言えよう。それだけレースは激しさを増し、転覆、落水などの事故も多くなる。もちろんスタート負けもできないだけにスタート事故も増えてしまうわけだ。

1月30日、琵琶湖競艇場。久しぶりに琵琶湖で行われたビッグタイトル、その新鋭王座決定戦競走の優勝戦が行われた。私も優勝戦ラジオ中継のために、前日の準優勝戦から琵琶湖を訪れた。この優勝戦で人気を集めたのが地元のエース、守田俊介。地元開催の大きなタイトルだけに気合の入り方も違う。しかも準優勝戦では執念の2マーク差しで1着をとり、優勝戦の1号艇を引き当てた。競艇で1号艇といえば、自分の最も得意とするコースを獲ることができ、有利な戦いに持ち込める枠である。ましてや地元のコースで1号艇なら、ターンマークをロスなく回れる1コース(イン)進入が一般的だ。私も放送で守田中心に盛り上げた。全国8局ネットで、それぞれの地元選手をリスナーは応援するだろうし、穴党は人気の守田を外して舟券を買っているだろう。でも、自分をトコトン追い込んだこのシリーズに賭ける彼の意気込みを目の当たりにしているとエールを送らざるを得ない。解説者も含めたスタッフのほとんどが彼のゴール後のガッツポーズを期待していたのである。 しかし、無残な結末が用意されていようとは・・・。それはスタート直後に起こった。

なんと守田を含む3人の選手がフライング!実に売り上げの85%以上が返還になってしまったのだ。こうなると放送も辛い!解説者も言葉を失っている。優勝選手を称えようと言葉を繋ぐが何か空しさが漂ってしまう。なんとも盛り上がりに欠ける雰囲気になるわけだ。なぜなら、6人のレースで3人が欠場、決まり手も「恵まれ」。払い戻し金も売り上げのほとんどを返しているため、やや波乱になったにもかかわらず、たったの330円。フライングはあらゆる方面にダメージを与えてしまう。しかし、最も大きな精神的ダメージを受けたのは守田俊介本人である。去年も優勝戦で転覆と、ビッグタイトルのベスト6に2年連続で残りながら栄冠を掴み損ねてしまった。なかなかスムーズにターンできない新鋭王座の1マーク、その鬼門をクリアした時がミレニアムスターへの扉を押し開いたことになるのだろう。疲れた体をフライング休みで癒して無冠返上を目指してほしい。



【寺西裕一:てらにし ゆういち】1965年生まれ。佛教大学時代は放送局アナウンス室に所属。卒業後、KBS京都を経てフリーのアナウンサーとして活躍。主にスポーツ実況の分野(競馬・競艇・野球・サッカー等)で実力を発揮している。自立心旺盛でしっかりした考えを持つ反面、方向音痴という憎めない面を持つ実力派アナウンサー。



「Fomura1〜大地を翔ける秒速の戦士たち〜」
                                     ▼
かしはらまこと


 さて今回は「モータースポーツ」について、あーだこーだと書きたい。いわゆる「レース」の(ここでは4輪の事だよ)カテゴリーは大まかに言うとオンロードとオフロードとがあり、オンロードにはフォーミュラとツーリング、オフロードにはラリーとダートトライアルがある。こんな感じでモータースポーツがあると思ってくれて差し支えないと思う。

これから僕が書くのはフォーミュラ1、つまり「オンロードで競う専用車を使ったトップカテゴリーのレース」である。F1はフジテレビが80年中盤から中継を始めたのでアイルトン−セナ全盛期の頃には「F1ブーム」とかで皆さんにとって馴染みのあるレースではないだろうか。今回はF1について、その概略を書いておこう。

開催は3月から11月までの間に世界中で15〜16戦。出場できるチームは大体12チームぐらい。参加料(エントリーフィーもバカ高く、数十億円かかるらしい。1チーム2台のエントリーが可能なので、参加できるドライバーは24人ということになる。
この24人が結果的には「世界で最も早い男ベスト24」になると言ってもいいかも知れない。その24人になるにはFIA(世界自動車連盟)のスーパーライセンス(世界共通のレースライセンスはB級・A級、国際Aなどがある。)を持っている必要がある。このライセンスはF3000クラスで上位の年間成績を持っているドライバーが申請によって交付されるもの。その上多額の持参金(要するにスポンサーマネー)を要求されるらしい。96年シーズンに井上隆智穂というドライバーがユニマットのスポンサードで参加したが、バリバリ遅かったのを覚えている。カネだけでは無いのだねえ・・。

さてマシンはと言うと、排気量3000ccのV10。ミッションは6速か7速。シフトレバーはステアリング裏のパドルで切りかえるクラッチレスのセミオートマ。タイヤは現在プリジストンのワンメイク(独占)だが来年からミシュランが参加する。スリックタイヤではなく4本の溝が入ったレースタイヤを使う。これは95年セナの事故死によって安全性をより高めるという目的で98年から導入された対策。これによってマシンの形状がどのチームも同じようになったと言われる程、タイヤがF1に与えた影響は大きかった。
レースは大体300kmを走るので、サーキットの全長によってラップ数が決められる。94年からレース中の給油がOKになったのでピットインの時間を含めてレースの時間は大体1時間半ぐらい。だから平均300km/h前後で走るというワケだ。

さて次回からはシーズンインに入る前の情報なんかも書きながら、F1の見どころなんかを書こうかな〜なんて思ってる。乞うご期待!



【かしはらまこと】1963年2月生まれ。最近多忙度がアップした通称「放送作家」。和泉 修プロデュースの「キンバラジロー」をはじめ、平川タロー・ジローのソロイベントの構成、中田ナオキのソロイベントの構成など、日が経つに連れ「お笑いの人」化している。それとモータースポーツの事とは何の関係もないが、昔ギャランVR−4でジムカーナの経験あり。他人の評価では「爆走野郎」。

 

■編集後記

インフルエンザが流行っております。豪華執筆陣のひとり、ジェダイ・ジケトーもフォースの守り
なく発熱・嘔吐・セキ・たん・えーとそれから・・・・ま、ごっつうつらかったそうです。
遅れたのは自然の猛威とでも入っておきましょうか。まあ、このマガジンを読む方もそれほど
律儀にお待ち頂いてはおられないでしょう。気楽にお読み下さいませ・・・。
(という狡猾な言い訳も、書いてしまえば他愛ない・・・。了。)

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編集:柏原 誠 mailto:kashihara@nocturne-jp.com
    増田達也 mailto:masudaya@fa.mbn.or.jp
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