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今月からスタートした「マイペンライでGO!」
です。とにかく、楽しく読んでもらえたらとても嬉しく思うので、是非是非感想なんかをもらえたら今後の参考にしたいのでヨロシクおねがいします。
では、存分にお楽しみ下さい。

堂々連載開始! 超時空アクション劇画

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「夕焼けイノキスト・宮脇まさはるのプロレス郷愁思考のすすめ」
             影を描けば私的な風景・・・・の巻       ▼宮脇正治


『プロレス』と聞いてみなさんは、どんな感情を持たれるであろうか。
 8才の頃プロレスを見始め、38才になる今も特別な興味を抱き続けている私にとって、それはかなり郷愁的な存在として、心の風景にこびりついている。

 誰にでもある、幼少期の甘酸っぱい想い出。忘れられないけれど、どうしてもはっきりとは思い出せない子守歌の旋律。ひとり空き地で小石投げをしていたとき、傍らを通り過ぎていったおネエさんの、ゾクッとするような微笑。あれは一体、何だったんだろう・・・。
時の経過と共に、謎は深まってゆくばかりだ。
 かなり私的な表現になった。しかしながら、プロレスを語るということ自体が非常に私的なことであり、これからも語る人々の私情と情熱だけや叙情詩が綴られてゆくことだろう。
 とはいえ、今後の連載にあたって、どんな風に私的なのか、私自身のプロレスに対する
角度や関わり方を、多少なりとも明らかにしておく必要があろう。

 私は、ファン歴こそ30年に及ぶが、年々観戦数も減り、いわゆる活字プロレスに移行している。従って、ものすごくプロレスに詳しいとか、熱狂的だとかという者ではない。
さらに、現代の次々に出現する新しいプロレスのスタイルとノリに、ついていけないということも手伝って、懐古趣味的傾向にある。
 まあ、「ついていけない」とは聞こえが悪いが、この際、「好みのプロレスをしっかり持っている」と言わせて頂こう。私の「好みのプロレス」・・・それは徐々に論じてゆくことになるが、その中核をなすのは、まぎれもなくアントニオ猪木、なのである。

さあ、“猪木”という名を出してしまった以上、その瞬間、顔をしかめる方、歓声をあげる方、賛否両論、毀誉褒貶。常に栄光と醜聞のはざまで成立してきたビッグネームは、「猪木信者」という言葉さえ生み出した。そして、とっくに引退したのに何で今さら猪木なのか、という向きもあるだろう。
 私は、A猪木という存在の全てを肯定するわけではない。私はこの現代において、稀代のプロレスラー・A猪木としてではなく、『イノキ』という大きな現象として捉えている。
今、現在起きている現象として、だ。
 イノキを通してプロレスを、人生を語ってゆきたい。
 画家は影を描く。そうすることで実体を浮かび上がらせるという。イノキを語るということは、対極に位置していたジャイアント馬場を語るということであり、現在のマット界を語るということ。そして、それらを語ると言うことはとりもなおさず、人生を謳歌するということでありたいのだ。
 だからイノキは、夢多き私達が描くべき影なのだ、と思うのである。

 かなり熱筆になったが、抽象論は今回にとどめて、次回からは、その時々のマット界の動きを盛り込みながら、プロレスに興味のない方にも読んで頂けるような工夫も試み、最終的には、プロレス郷愁論も悪くないな、というところまでいけたらと、思う。


【宮脇正治:みやわき まさはる】アントニオ猪木がデビューした昭和33年10月、大阪に生まれる。
 熱烈なファンだった祖父の影響で、8才でプロレスと出会い、中学1年にして"イノキ体験"。
 佛教大学時代、同志らとプロレス研究会を設立、機関誌発行を中心に活動。学園祭ではアマチュアプロレス
 JWAを2年連続招聘。同学体育館にて華々しく大会開催。それを機にリングアナとしてJWR入り。
 現在、JWA関西事務局スタッフ。


「Rockは死なない 〜ARBに「惚れた」男 その1〜」
                                               ▼柏原   誠


1990年9月16日の大阪の空は初秋とは言い難い程夏空に近かった。熊取でのビデオ撮影を終え、阪神高速を古びたスバルのワゴンで飛ばしながら、少し複雑な心境でカセットの音を聴いていた。

The Longest Tourと名づけられたARB解散ライブ・・・。皮肉なことにその日の厚生年金大ホールは2階まで満席だった。「いつもなら発売2週間後でも前から5列目の席が取れたのになぁ・・」と心でつぶやきながら、今回はSOLD OUTになった今日のライブを内心ほっとした気持ちとこれで終わりというもの哀しさに、壁のように立ちはだかる前幕をなんとなく眺めていた。俳優・松田優作の死をきっかけにARBはその活動を止める・・・頭では理解していたつもりでも気持ちの中では整理がつかない。

そんなファンの思いを当時の石橋凌はどのように受けとめていたのだろう。コンサートブックには「長年一緒に闘っていた労組の同志が、突然寝返ったようなもんだ・・と言われた」とあるが、僕の心境はそんなことよりもむしろ、ARB無き後の自分自身の心の拠り所をどこに求めようか・・ということを心配していた。

客電の薄明かりにARBのナンバーが流れる・・。普段のライブではバンドのメンバーがお気に入りのアーティストのナンバーをBGMにするのだが、今回はツアースタッフ全員がARBのナンバー(それもライブであまり演奏されない曲ばかり)を流している。気の利いた演出に口ずさむファン・・・みんな・・・、みんな、ARBの曲を愛している・・。
それこそ自身の応援歌として、口ずさんでいる・・。

1ベルが鳴り、そして2ベル・・。客電が落ちる。ホールの底から地鳴りのような喚声・・。遮るようにバスドラムの音。キース!前幕をバックライトが照らす。「Hello!」片手を挙げた、凌の声だ。Boys & Girlsのいつものアオリ。前幕が弾けるように落ち、ライブがスタート・・・。

「ラ・ラの女」「Standing on the Street」「灰色の水曜日」「Just a 16」「魂こがして」1曲1曲を噛み締めるように味わったこの日のライブ。凌が「一生歌っていきます」というはずが「これからも、この歌の気持ちのまんまです・・・」と言って歌った「魂こがして」は、このライブに集まったファンへの「ひとつの決意」だったのだと思う。Rockを捨てるのでは無い。Rockのために生きるのだと・・。

凌自身がARBの解散という事実に、それこそ全身で闘ったのは言うまでもない。凌だけ
でなくキース・白浜・浅田もそうだ。
「アニキの無念を晴らしたいんです!」凌がルポライター・生江有二氏に語ったこの言葉
が、これこそがRockなんだと僕は信じたい。戻ってきたARBを見ても、その気持ちは変わらないのである。

【柏原   誠:かしはら まこと】1963年2月生まれ。赤井英和・和泉 修を輩出した浪速高校を卒業、佛教大学で放送局に所属する。卒業後12年間のサラリーマン生活を経て独立、87年に設立したグループ、ノクターン・クラブを復活。和泉 修の誘いでテレビ番組の構成作家とうめだ花月シアターでの舞台演出を手伝う。


■『STARWARS SAGA GOES ON』...VOL.1
                                    ▼重藤貴志


「それは、紛れも無く " STARWARS " そのものだった」

全米では5月19日より公開された『EPISODE.1-THE PHANTOM MENACE-』は、公開より2週間で興行収益2億ドルを突破し、歴代記録を塗り替えるメガヒットとなった。日本では、ほぼ1週間前の7月10日に公開された本作を観た感想を一言で表現するならば、冒頭のような言葉でしか言えないだろう。

思えば、『EPISODE.1-THE PHANTOM MENACE-』が公開されるまでに、この映画に関して、様々な種類の噂や憶測がインターネットを中心として、世界各国の人々を巻き込むために、凄まじいスピードで駆け巡っていた。しかし、ジョージ・ルーカスは、冷静な賢者の態度で言う。
「インターネットに書かれていたことの80%は、嘘か推測に過ぎなかった」と。評論家という肩書きを持つ人々がそれを煽動するような一面もあったが、全世界の人々が、これほどまでに、映画に注目した例というものを私は、未だかつて他に知らない。

北米に現在のように34000館も映画館がなかった20年以上も昔になるが、フランシス・コッポラがジョージ・ルーカスに言った言葉がある。「君は宗教を始めるべきだね。勿論、その教義の根本理念は " FORCE " だ」と。
この発言は、" STARWARS " は、現代の宗教である、という表現の白眉だと思う。御存知の通り、54歳になったルーカスは、現実に宗教の教祖ではなく、1人の優れたストーリー・テラーであるに過ぎないが、逆にそれであるが故に、彼は " STARWARS " という神話の語り手、すなわち預言者となったと言えるだろう。
あの有名なモノローグ、「A long time ago in a galaxy far,far away....」と、ルーカスが語り出す物語に、我々は完全に魅了されているのである。
ジョージ・ルーカスが" STARWARS " という名の神話の序章を語るために何故、22年という決して短くはない歳月を費やしたかを考えたことがあるだろうか。ルーカスは、自ら設立したI.L.M.が造り出すCGをはじめ、同じくTHXのような音響面においても厳しい基準をつける等、テクノロジー信仰が厚い性格のように世間一般では思われているが、実は全く正反対で、自分ではコンピューターをほとんど扱わない人物である。例えば、『EPISODE.1-THE-PHANTOM MENACE-』の脚本にしても、赤い表紙のバインダー・ノートに鉛筆で書き上げていることが挙げられる。
「確かにテクノロジーの進歩は大切なことだ」と、ルーカスは言う。
「しかし、最も大切なことは、物語を語ること....私がすべきことをするだけだ」と。

『EPISODE.1-THE PHANTOM MENACE-』という神話の序章で語られるのは、22年前に公開された『EPISODE.4-A NEW HOPE-』で始まった1人の青年ルーク・スカイウォーカーに受け継がれる血統の物語である。奴隷の子供であった彼の父親アナキン・スカイウォーカーが解放され、自らの波乱に満ちた生涯の幕開けを、我々は目にすることになる。

そして、我々は知っている。
この純真無垢な少年が、後に冷酷無比なダース・ヴェイダーとなる運命を。
どのようにして実の息子と対峙し、心の葛藤に苛まれ、死んでいったかを。

確かめなければならない。
誰かの言葉ではなく、自分の目と耳で。
" STARWARS "は、今、始まったばかりなのだから....。

【重藤貴志:しげとう たかし】1975年3月生まれ。東京出身。DJをめざし放送局に入る。卒業後FM京都のADなどの放送現場を経験。音楽・芸術に造詣が深い成長株のクリエーター。佛大時代に同期だった小林寛幸と共に次世代メディアであるインターネット放送局「N−mix」を設立・運営する。


■『世紀末映画考』 No.001
                                    ▼増田達也


世紀末である。1999年である。2000年までもう半年を切ったのである。21世紀までもあと1年と数ヶ月なんである。そうなんであ〜る。しつこいのである。その99年にスタンリー・キューブリックが亡くなった。そう、『2001年宇宙の旅』、『時計仕掛けのオレンジ』、『博士の異常な愛情』、『シャイニング』等の作品を遺し天才、奇才といわれた名監督である。キューブリックのことを語り出せば、いくらでも話題はつきないだろうが、なにせあのとことんこだわる作家である。彼に魅せられ映画にはまった人は数しれないだろう。
そして、キューブリックのファンのこだわりもすごいに違いない。
私も、高校生時に『時計仕掛けのオレンジ』を観てその世界にはまった一人である。もちろん、リバイバルで観た。リアルタイムのロードショウで観てはいないのでどの程度当時衝撃
的だったかは、推測でしかわからないが。

そうです、今回の特集はスタンリー・キューブリックに焦点をあててその作品世界を掘り下げて行く.........予定だったが、それはまたの機会においといて、今回は『世紀末映画考』と題して幅広く現在の映画シーンを、取り上げて行こうと思う。

キューブリックが『2001年...』で描いた世界はどうやら、今のところ起きてはいない。
コンピューターはまだ人間様に反乱を起こしてはいないし、人はまだ、月にしか行っていない。そんな現代のハリウッド映画はどうなってるかと云うと、やたら巨大隕石が落下してきて地球危うし的状況や、謎の地球外生命体であるところの宇宙人が攻め込んできて地球絶体絶命さあどうする!的ピンチが続出し、大統領以下みんなで力を合わせりゃなんとかなるぜ!
ベイべー!で案の定、我々は世紀末的危機から助かって新世紀へと向かうのである。めでたし、めでたし。
これはこれで、いいのである。希望や明るい未来がなけりゃ観ているほうとしてはやりきれないし、映画館をうつむきながら出るハメになってしまう。それがハリウッドであるし、世界中で受け入れられる所以なのだ。けれど、他の国の映画はそうなのかいと云えばさにあらず。

最近流行のマサラムービー(インド映画)は、ハッピーエンド的に云えばハリウッドに近い。
しかし、悪の総大将的な奴が生き残っていたりするところは、ヒンドゥー教的寛容なのだろうか?アメリカ人なら絶対ゆるさんと私は感じるのだが。

ヨーロツパはどうだろう。ヨーロッパの映画大国といえば(たぶん)イギリスとフランスだ。イギリス映画は最近元気がある。俳優で云えばユアン・マクレガーはブレイクしているし、映画としても『トレイン・スポッティング』はすばらしい作品だった。この夏公開される『Lock,Stock & Two Smoking Barrels』は、かなりいけてる映画に違いない。イギリス映画は、ハリウッドの映画には出せない味や映像を見せてくれる。時にはそれが、現実主義的すぎるきらいもあったりするが、それがヨーロッパだ。大英帝国だ。歴史が違うぜ。とでも云える重みがあったりする。

もう一つの大国フランスはというと、やや元気がない。リュック・ベンソンはハリウッドに行ってしまうし、昔のヌーヴェルバーグのような革新的な流れをフランスが再び起こせるような力があるのかは疑問だ。ただこの国は国家が映画を文化として捉えているので底力はものすご〜く持っていたりする。過去の映画がリバイバルで上映されて人気が出たり、ビデオで昔の映画が名作としてレンタルされている現状は少し悲しい。これだけ、名匠や巨匠を輩出している国なのだから。

かなり大雑把に各国の現状を眺めてみたが、まだまだ香港映画や、アメリカ映画でもハリウッド路線に括れない映画群がある。そして、わが国の邦画もあったりする。次回はその辺にも踏み込んでみたいと思う。


【増田達也:ますだ たつや】1965年6月生まれ。佛教大学時代は放送局に所属。イラスト・グラフィックデザイナーとして活躍し、今年独立。ノクターン・クラブのコア・メンバーとして主にWebサイトのデザインを担当する。音楽・映画に詳しく、作品に対してイーヴンな評価を与えられるアーティスト。後述の「画面ライダー」の作画担当。

 

■編集後記

当初7月中旬に掲載予定だったWebマガジンも、諸般の事情により9月オープンとなりました。

同時にサイトの周辺整備も若干行ったつもりですが・・・いかかでしょうか?

インターネットの可能性という程大げさなものではないですが、個人個人がそれぞれ持っている

想像力−特に我々のような30代以上の人たち−をできるだけストレートに表現できるメディア

として、今後連載を続けたいと想います。

ご覧になった方々で原稿掲載を希望される方がおられましたら、編集担当までご連絡下さい。

 

■マイペンライとは
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タイ語でよく使う言葉。タイ人気質を表している代表的な言葉。意味は調べて下さい。


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■次回の予告:9月末刊予定!?■
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編集:柏原 誠 mailto:kashihara@nocturne-jp.com
   増田達也 mailto:masuda@nocturne-jp.com
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