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今月からスタートした「マイペンライでGO!」 |
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堂々連載開始! 超時空アクション劇画 |
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「夕焼けイノキスト・宮脇まさはるのプロレス郷愁思考のすすめ」 |
| 『プロレス』と聞いてみなさんは、どんな感情を持たれるであろうか。 8才の頃プロレスを見始め、38才になる今も特別な興味を抱き続けている私にとって、それはかなり郷愁的な存在として、心の風景にこびりついている。 誰にでもある、幼少期の甘酸っぱい想い出。忘れられないけれど、どうしてもはっきりとは思い出せない子守歌の旋律。ひとり空き地で小石投げをしていたとき、傍らを通り過ぎていったおネエさんの、ゾクッとするような微笑。あれは一体、何だったんだろう・・・。 時の経過と共に、謎は深まってゆくばかりだ。 かなり私的な表現になった。しかしながら、プロレスを語るということ自体が非常に私的なことであり、これからも語る人々の私情と情熱だけや叙情詩が綴られてゆくことだろう。 とはいえ、今後の連載にあたって、どんな風に私的なのか、私自身のプロレスに対する 角度や関わり方を、多少なりとも明らかにしておく必要があろう。 私は、ファン歴こそ30年に及ぶが、年々観戦数も減り、いわゆる活字プロレスに移行している。従って、ものすごくプロレスに詳しいとか、熱狂的だとかという者ではない。 さらに、現代の次々に出現する新しいプロレスのスタイルとノリに、ついていけないということも手伝って、懐古趣味的傾向にある。 まあ、「ついていけない」とは聞こえが悪いが、この際、「好みのプロレスをしっかり持っている」と言わせて頂こう。私の「好みのプロレス」・・・それは徐々に論じてゆくことになるが、その中核をなすのは、まぎれもなくアントニオ猪木、なのである。 さあ、“猪木”という名を出してしまった以上、その瞬間、顔をしかめる方、歓声をあげる方、賛否両論、毀誉褒貶。常に栄光と醜聞のはざまで成立してきたビッグネームは、「猪木信者」という言葉さえ生み出した。そして、とっくに引退したのに何で今さら猪木なのか、という向きもあるだろう。 私は、A猪木という存在の全てを肯定するわけではない。私はこの現代において、稀代のプロレスラー・A猪木としてではなく、『イノキ』という大きな現象として捉えている。 今、現在起きている現象として、だ。 イノキを通してプロレスを、人生を語ってゆきたい。 画家は影を描く。そうすることで実体を浮かび上がらせるという。イノキを語るということは、対極に位置していたジャイアント馬場を語るということであり、現在のマット界を語るということ。そして、それらを語ると言うことはとりもなおさず、人生を謳歌するということでありたいのだ。 だからイノキは、夢多き私達が描くべき影なのだ、と思うのである。 かなり熱筆になったが、抽象論は今回にとどめて、次回からは、その時々のマット界の動きを盛り込みながら、プロレスに興味のない方にも読んで頂けるような工夫も試み、最終的には、プロレス郷愁論も悪くないな、というところまでいけたらと、思う。 【宮脇正治:みやわき まさはる】アントニオ猪木がデビューした昭和33年10月、大阪に生まれる。 熱烈なファンだった祖父の影響で、8才でプロレスと出会い、中学1年にして"イノキ体験"。 佛教大学時代、同志らとプロレス研究会を設立、機関誌発行を中心に活動。学園祭ではアマチュアプロレス JWAを2年連続招聘。同学体育館にて華々しく大会開催。それを機にリングアナとしてJWR入り。 現在、JWA関西事務局スタッフ。 |
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「Rockは死なない 〜ARBに「惚れた」男 その1〜」 |
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1990年9月16日の大阪の空は初秋とは言い難い程夏空に近かった。熊取でのビデオ撮影を終え、阪神高速を古びたスバルのワゴンで飛ばしながら、少し複雑な心境でカセットの音を聴いていた。 The Longest Tourと名づけられたARB解散ライブ・・・。皮肉なことにその日の厚生年金大ホールは2階まで満席だった。「いつもなら発売2週間後でも前から5列目の席が取れたのになぁ・・」と心でつぶやきながら、今回はSOLD OUTになった今日のライブを内心ほっとした気持ちとこれで終わりというもの哀しさに、壁のように立ちはだかる前幕をなんとなく眺めていた。俳優・松田優作の死をきっかけにARBはその活動を止める・・・頭では理解していたつもりでも気持ちの中では整理がつかない。 そんなファンの思いを当時の石橋凌はどのように受けとめていたのだろう。コンサートブックには「長年一緒に闘っていた労組の同志が、突然寝返ったようなもんだ・・と言われた」とあるが、僕の心境はそんなことよりもむしろ、ARB無き後の自分自身の心の拠り所をどこに求めようか・・ということを心配していた。 客電の薄明かりにARBのナンバーが流れる・・。普段のライブではバンドのメンバーがお気に入りのアーティストのナンバーをBGMにするのだが、今回はツアースタッフ全員がARBのナンバー(それもライブであまり演奏されない曲ばかり)を流している。気の利いた演出に口ずさむファン・・・みんな・・・、みんな、ARBの曲を愛している・・。 1ベルが鳴り、そして2ベル・・。客電が落ちる。ホールの底から地鳴りのような喚声・・。遮るようにバスドラムの音。キース!前幕をバックライトが照らす。「Hello!」片手を挙げた、凌の声だ。Boys & Girlsのいつものアオリ。前幕が弾けるように落ち、ライブがスタート・・・。 「ラ・ラの女」「Standing on the Street」「灰色の水曜日」「Just a 16」「魂こがして」1曲1曲を噛み締めるように味わったこの日のライブ。凌が「一生歌っていきます」というはずが「これからも、この歌の気持ちのまんまです・・・」と言って歌った「魂こがして」は、このライブに集まったファンへの「ひとつの決意」だったのだと思う。Rockを捨てるのでは無い。Rockのために生きるのだと・・。 凌自身がARBの解散という事実に、それこそ全身で闘ったのは言うまでもない。凌だけ |
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■『STARWARS SAGA GOES ON』...VOL.1 |
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「それは、紛れも無く
" STARWARS " そのものだった」 |
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■『世紀末映画考』 No.001 |
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世紀末である。1999年である。2000年までもう半年を切ったのである。21世紀までもあと1年と数ヶ月なんである。そうなんであ〜る。しつこいのである。その99年にスタンリー・キューブリックが亡くなった。そう、『2001年宇宙の旅』、『時計仕掛けのオレンジ』、『博士の異常な愛情』、『シャイニング』等の作品を遺し天才、奇才といわれた名監督である。キューブリックのことを語り出せば、いくらでも話題はつきないだろうが、なにせあのとことんこだわる作家である。彼に魅せられ映画にはまった人は数しれないだろう。
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■編集後記
当初7月中旬に掲載予定だったWebマガジンも、諸般の事情により9月オープンとなりました。
同時にサイトの周辺整備も若干行ったつもりですが・・・いかかでしょうか?
インターネットの可能性という程大げさなものではないですが、個人個人がそれぞれ持っている
想像力−特に我々のような30代以上の人たち−をできるだけストレートに表現できるメディア
として、今後連載を続けたいと想います。
ご覧になった方々で原稿掲載を希望される方がおられましたら、編集担当までご連絡下さい。
■マイペンライとは
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タイ語でよく使う言葉。タイ人気質を表している代表的な言葉。意味は調べて下さい。
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■次回の予告:9月末刊予定!?■
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編集:柏原 誠 mailto:kashihara@nocturne-jp.com
増田達也 mailto:masuda@nocturne-jp.com
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