2012年9月アーカイブ

そろそろかなあ

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何年か前から自分は、会社の「経営者」という立場が年々強くなってきていることを感じている。
それは、現場仕事よりも、会社の運営に重きを置かねばならない状況だからだ。
もっと具体的に言えば、この会社を生かすも殺すも、自分次第。ということである。

キャッシュフローを安定させねばと、色々頑張ってはいるが、なかなか好転しない。
本当に諸事情があって、うまくいったと思ったら、次の年はガタガタ・・・と再び転落したり、
かと思ったら今度は、突然予想もしなかったところから仕事が舞い込んだりする。

赤字になるのか、黒字を出せるのか、見当がつかない時だってある。

そんな時に痛感するのだ。自分の資金調達力の乏しさを・・・

こういう時期に来ているからか知らないが、妻曰く、最近おのずと「怖い顔」をしているという。
威圧感があるということなのか。
過去の経験上、営業マンを長い事やっていたので、わが社の数字の大半は自分が見積もったものだ。
その額に対して、時には丁々発止のヤリトリをする事になる。20数年前、侮れないと言われる近江商人を相手に、色んなカケヒキをしてきたから、大概の交渉事は慣れているつもりだった。

ところが最近、交渉の相手方が変わってきた。

ほとんどの人が、「年下」なのだ。

つまり、交渉事に関しても、自分の中では意識しなくとも、どこか高圧的だったり、怖さを見せてしまったりしているのでは無いか、と言う事だ。

実績が物語っているのかもしれない。自分の実力、というよりも、これは自分の態度の限界が見えてきたという事だ。
自分が先頭切って走らねばならないのは百も承知であるが、交渉事は互いに落ち着いてせねばならぬ。その部分において、自分のはやる気を抑えられなくなっているのが良く分かる。やっぱり相手からは随分と「偉そう」なのだろう。

なので、自分が営業的な交渉事に関しては、第一線を退き、専ら資金のヤリクリや持続性に関して、もっと修業しようと思った次第である。

委ねる事に不安は無い。少なくとも、これからを悲観することは必要無い。

しかし決断することが仕事である社長業は、現場に入ることよりも、もっと全体を見ないといけないのだと思う。

よく見極めてからの、決断になるだろうな・・・。

愛国心その2

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facebookも100人を超える方とつながると、なかなかストレートな事が言えなくなるなぁと、うすうす感じていたので、「主張はしたいけど、知ってる人だけ見てね」的なことは、個人のブログに書こうと思う。

なぜひっそりと、自分でブログを設置しているかというと、モチロン自分の商売の、勉強のためでもあるし、既製のブログがめんどくさいといううのもある。

だけど今、MT5にアクセスしてログインしてを繰り返し、そして別のメーカー製ブログを触ってみて、
操作性に関しては、どっこいどっこいやなと感じた次第である(苦笑)。

さて、今回の表題は愛国心の続き。

今朝の新聞では、ご存知尖閣諸島に中国の船が6隻接近し、領海侵犯したという話と、上海あたりで日本人が襲われているという話があった。そこから思った雑感です。

中国の愛国教育は、今回の行動や大規模デモで分かるように、非常に峻烈なもので、若年層を中心とした国民は、日々の不満を国外、しかも中国に対抗姿勢を見せる勢力に対して敢然と牙をむく行動を示す。そこで内政に対する不満を巧みに外側に振り向け、国民の支持があるかのような偏向した世論をバックに対外的な圧力をかけるという手法であるが、これは中国共産党の政策の賜物では無いかと思う。見事な洗脳ぶりで、これを払拭するのは結構な時間がかかるだろう。

そういう意味では、日本では愛国教育なるものは、ほんの10数年前までタブー視されていた。「国を愛する」なんか言った日にゃ、「あいつは右翼だ」「軍国主義」「危険思想」のレッテルを貼られ、国旗や国歌に、さほど敬意を払わない国民であったように思う。

それが今どうだろう。
「右傾化」と言えば語弊があるかも知れないが、確実に愛国心を持った人たちが自分たちの主義・主張を表出するようになった。
それは、例えばサッカー日本代表戦のセレモニーなどで国旗掲揚と国歌斉唱がひとつのプロトコルとして世界標準になっており、スタジアムの全員が起立・脱帽して斉唱していることや、近年、あまりにも他国の領土侵犯が陰湿かつ不遜なふるまいによって続いている事への、正直な「怒り」であるように思う。

そこには、中国共産党によって「洗脳」された、全く謝った歴史観による「愛国心」持った若者が、自分たちの直情によって起こした過激な行動(日本大使館への攻撃、サイバーテロ、サッカー国際試合での傍若無人ぶり)などに刺激され、奮起した日本の若い人たちもあるだろう。

残念ながら日本は全くその逆で、戦後の教育でさえ旧ソ連の共産主義勢力に「洗脳」され、周辺国に対して行った諸々の行為は全て「侵略」という言葉に統一され、ひたすら謝罪し続けるというスパイラルに嵌っていたのである。いや、もっと恐ろしいのは、ひたすら享楽的なものに誘導させ、政治や文化に関心を持たせず、国家間の争いごとや我が国の主権に関することを、今度は「平和」という言葉に統一して教え、「戦いは悪」「話し合えば分かる」と、意図的に本質から関心をそらした教育システムではないだろうか。

僕らが小学生の頃、憲法9条がいかに世界に誇れるものであるかを滔滔と説いた教科書が殆どだったと記憶している。戦前の日本、つまり大日本帝国には忌避感を感じさせ、誰もが平等であり、平和を希求する日本国憲法を教条的に信奉させてしまったことに、多くの原因が潜んでいるように思うのである。

もちろん、戦前の価値観が全て正しいワケでも、ましてや今の憲法の精神が完全に誤っているワケでも無い。
だが、戦後のウヤムヤの中で、何かしら我が国以外の勢力が潜入して、日本人の価値観を巧みに誘導し、すっかり骨抜きにしてしまったのは、今のこの日本の様々な病理を俯瞰する限り、「事実」では無いかと考える。そして今、成長戦略に陰りが見え始め、国民はそれまでの「猛進」をいったん止め、冷静にこれまでの足取りを振り返ったのである。そこに、大きなものを奪われたことに、やっと気付いたのである。

それは、個人の尊厳と同じほど重い、国の尊厳だと思う。我々日本人がファンダメンタルズとして持つ、「日本の心」である。

平和は、与えられるものではなく、自ら勝ち取るものなのだ。

かつて、アメリカに守ってもらうための条約に猛反対した人たちがいた。

その人たちは、自分たちの校舎に立てこもり、自主独立を訴え、押しつけられる「平和」を拒んだ。

その人たちの思想がどうであれ、国の存亡に関わることには、敢然と立つ人がいたのである。今ではそういう考えを持つ若い人がいない。いないという事は、そういう教育を意図的に排除したという事である。ここに、件の共産主義勢力の陰惨なトラップが見え隠れするのである。

つい最近、いじめ問題などで教育システムに対する批判が相次いでいる。教育界もここ数年大きく変わろうとしている。
しかし仕組みはどうあれ、国を愛するという教育は決して捨ててはならないのではないか。愛国心はマクロ的思想から考えれば「隣人愛」とは相反しないものである。

自分たちの住む、或いは育った土地への「郷土愛」なくして、「共生き」など出来る筈がない。

人間は宙に浮いて生活しているワケでは無いのだから・・・。

欲しいものリスト

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結婚以来、自分の物欲モードはすっかり影を潜め、
長男が産まれて以降は、大きなモノを入手していない。

思えば、結婚と同時にポルシェを手放し、
それ以来、家のクルマはあるが、自分のクルマは無い。
「自分のクルマ」なんてゼータクな!
と言われる御仁もおられるだろう。

でも、

こう見えても、一介のカイシャ社長である。
甲斐性・・とまではいかないが、普通のサラリーマンでは無いのだから、
自分のパーソナルカーを志向するのは、
それ相応のステータスあっての事と、ご理解頂ければ有り難い。

これまでの人生がそれなりに一生懸命だったおかげで、
色んな人々とめぐり合うことが出来、そして色んな価値観を知ることができた。
いぜん自分は成長の過程であるし、まだまだ何かやれそうな、
そんなワクワク感がある。

それを裏付けるものが、趣味であろう。

無類のクルマ好き、乗り物好きであり、親父譲りのメカ好きである。
模型・ミニカー、無線・オーディオ。それなりに凝ったし、集めたし、
そんな独身生活であった。

いわゆる物欲満開のオッサンである(笑)

さて、今欲しいもの。

まずはクルマ。
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そう。クラシックミニ。
ポルシェと並ぶ、趣味車である。
正直なところ、ポルシェにもう一度乗りたいという願望はある。
だけど、今の自分の体力や精神力では、クルマに負けてしまう、と思った。クルマに乗られるのは、免許取り立ての頃に背伸びして買った「ケンとメリーのスカイライン」のように、短命で終わってしまう。

いつもクルマを買う、オートコレクションビトーのイマガワ大社長に相談すると、「91年頃のキャブレターのマニュアル!」とご宣託があった。
即ち、これ以外は乗っちゃイカンという事だ。
しかし、この大社長、今まで「ハズレ」を持ってきた事が無い。全部自分がヘタレで戻したり、手放したりの繰り返しである。
なので今回は、極上のクルマを見つけてもらうというよりも、素材でもいいからあのあたりの年式を手に入れ、なんだかんだ言いながらカスタマイズしていくのが、楽しいのかなと思っている。


小さいクルマは、ホンダZ以来好きである。Z以降、ミラ、ミラターボと乗り継ぎ、デカくてもたついてるクルマをピューンと抜くのが快感だった。今では仕事でエスティマなんぞに乗ってラクしているが、ミニはそんな甘いクルマではあるまい。興味が無かったワケでは無く、むしろ意図的に避けていたカテゴリーであろう。以前豊中のデルタに取材でお邪魔したとき、びっくりする位のパーツの量に、一気に夢が膨らんだものである。
いつ頃乗るかは、いぜんとして不明であるが、社業の復興が見えたら、そこが決断かと思う。

さてその次。
フィルムカメラ。
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そーです。ライカM3です。
と言っても、自分はライカに関しては殆ど知識が無い。
まぁ、いわゆる最近流行りのレンズ交換可能なカメラの「元祖」である。

この、メカメカしてるところが、タマランのである。
しかもこのライカM3ってヤツは、後期型はフィルムの巻き上げが
ダブルアクションとくるではないか。

フィルムカメラはまだまだ魅力があるし、デジタルには無い温かみを感じる。8mmフィルムカメラはいま2台(スーパー8とシングル8)持っているが、ああいう昭和30年~40年代のモノは、シェイプといい機能といい、とてもいい味が出ているように思う。
そうそう、16mmフィルムカメラの「キヤノン・スクーピック」というのも、実は欲しいもののひとつだ。これはまだ国内の放送局がVTRでニュース素材を取る事ができなかった時代に、主に放送局で第一線で活躍していたカメラである。今でいう、「ベータカム」位の勢力だったと聞く。こいつはなかなか市場に出回らない。時間をかけて探さねばならない。
しかも使うとなれば、16mmフィルムを買う必要がある。フィルムはメッチャ高いと記憶している。

それでも構わないのだ。いつかお金が都合できたら、この欲しいものリストに書かれたものを手に入れようと思う。
それが自分にとっての「夢を追う」事でもあり、ひいては社会の為になるのだ。

さぁ、稼ぐど~

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※この時計の時刻は、あんたはんのパソコンのもんどす。必ずしも正確な時間ではあらしまへん。

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