2011年3月アーカイブ

魂こがして/ARB

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1980年にリリースされたARBの珠玉の一曲です。

よく石橋凌がライブで「一生歌っていきます」と言ってた曲。

デビュー当時のメンバーのうち、ベースとキーボードが脱退し、

ギターの田中一郎がベースを弾いて録音したそうです。

上の映像は、かなり初期、ベースにサンジが加入した頃のTV出演時のもの。

この曲は3人で録ったものと、田中一郎が脱退し、元BOWWOWの斎藤光浩が加入した

第二期ARBのもの、そして98年の再始動時に録音された、ギター内藤幸也、

ベースEBI(元ユニコーン)のものと、シングルカットされた同じ曲が3タイプあります。

自分もこの曲はライブで何度も聞きましたが、シングルカットされたバージョンは、

う?ん・・・・どうもノリ切れない・・・。

最もテンポが早いのは98年verだそうです。内藤幸也のギターって、ライブの田中一郎みたいに、

ザックザック切れるような音で、めっちゃカッコ良かったのでした。

ちなみにARBのアルバムでは一次解散後のベスト盤に初期verが収録されていましたが、

当時から大切にしていた楽曲らしく、2ndのBAD NEWSにもクレジットされず、B面の

「東京CITYは風だらけ」が(しかも新宿ロフトのライブ盤)収録されていました。

それまでは田中一郎が離脱する直前にリリースされたらしい、ライブアルバムに入っていました。

個人的にはこの「魂こがして」が一番カッコイイと思ってます。

ライブの最後、アンコール前に凌が「一生歌っていきます!」のセリフで始まるこの曲。

そのころにはオーディエンスのテンションも最高潮です。

もう客席全員、拳突き上げて、そりゃもう怖いぐらいのノリです。

そういう意味でも、ライブで真価を発揮する曲なんだなと、思います。

そして、こっちが恐らく最後に演奏されたものだそうです。

この間、約25年ほど経過してます。

この曲に本当に背中を押してもらった時期が、私には確実にありました。

ARB。そういう意味ではものすごい足跡を残したバンドだったなと思います。

歌もメロディも、今でも十分に通用する、骨太な楽曲ばかりです。

若いバンドの人たちが、カバーして出してくれへんかな・・・・

震災報道 その2

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東北太平洋地震発生から約2週間が経過し、

報道の内容もだいぶ変わってきた。

被災した方々の安否はいぜんとして伝えられているが、

福島第一原発事故のニュースが各紙ともトップを飾っている。

ということで、今回は新聞を読んで気になったこと。

それは「風評被害」である。

ある日の朝刊トップに、「○○県のホウレンソウから基準値を超える放射性物質」という見出しが出た。

大見出しの左下、小見出しぐらいだった。

その右下に、ホウレンソウの少しだけ小さな見出しで「風評被害に注意」という記事が載っていた。

 

自分はこの並びに、ものすごい違和感を覚えた。

風評被害をもたらすものは何か?

「風評」だから、風のウワサなのか?

否。

まさにこうした新聞の見出しや、ニュースのヘッドラインではないだろうか?

先ほどのホウレンソウ記事だが、内容をよく読むと、「健康には影響を及ぼさない量」とある。

しかし、風評被害を恐れて、出荷停止なのだそうだ。

食べても問題の無いモノを、ワザワザ大きな見出しで、それもさも「危険」であるかのような表現で見出しを書くことは、風評の起点になってしまう事にはならないのだろうか?新聞編集者は、こうした恣意的とも取れる見出しを書いた結果発生する生産者の不利益に対して、いったいどういった責任を果たすつもりなのか?

更に言えば、同じ紙面に「風評被害に注意」を促す記事も出ている。

この記事の配列も、風評被害を起こす要因とはならないのだろうか?

新聞紙面のスミからスミまでをつぶさに読む人がいれば、この記事も冷静に判断して対処できるかも知れぬ。だけど、「風評」というのは概ね不確定要素の多い事象が招くものだと思うし、見出しだけを見て早合点した人が口づてで拡げてゆくのが「風評被害」だろうから、こういった記事の書き方も、大震災という特殊な状況下では、いっそうナーバスになる必要があるのではないかと思う。

まるでマッチポンプのような見出しに、思わず複雑になってしまった。

改めて被災された方々に謹んでお見舞い申し上げます。

 

震災報道

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3月11日に起きた大震災から、テレビ・ラジオ・新聞は震災報道を中心とした体制に変わった。

刻々と伝えられる悲惨なニュースに、阪神大震災を経験した者としては、ただただ心の痛む思いと、犠牲者の方々への哀悼と、そして数十万人と伝えられる避難者の皆さんの健康を祈るばかりである。

メディアとスポーツを研究している自分にとって、11日から始まった「震災報道」は、週が明けた今日もほぼ変わりなく続けられていて、巷ではそろそろ色々な意見が出てきている。「現地の悲惨さばかり伝えられて、こっちまで気が滅入ってしまう」という意見や「いや、もっと現地の状況を克明に伝えるべきだ」という意見もある。

仙台で仕事中に被災したというあるお笑いコンビは、現地から「もっと避難した人たちを映して安否情報を出してほしい」と、切実な思いを訴えていた。多くの著名人や海外のアーティストが募金を呼びかけ、ボライティアを呼びかけている。これは震災報道による成果だと思う。

自分が見ていて思うことなので、勝手な事を書いてしまうが、どのチャンネルも震災直後の映像や津波の映像を繰り返して流し、それぞれの放送局が呼んだ専門家がコメントし、原発やそれに発する関東圏の計画停電の不手際を指摘するなど、結局は「各局ヨコ並び」の報道体制でしかないのは、非常に残念である。

こういう時こそ民放連とNHKがしっかり連携して、それぞれのキー局が手分けして各地域の情報伝達に特化すべきではないのか。

NHKが総合情報なら、BSは原発に関する情報、民放は例えばTBSが岩手、ANNが仙台、FNNが青森、NNNは福島、TXは茨城と、その地域を専門に情報を出せば、視聴者は選べるではないか。

「地域によって見れるチャンネルが違う」というご意見もあろう。しかし各キー局はほとんどBSを持っているし、UstreamやYoutubeなどストリーム系の放送も可能だ。安否を気遣う同一県内の人はテレビが見られる状況ではない。ならば県内向けにはAM/FMラジオを割り当てて、県外の情報はテレビが担えば良いではないか。

残念なのは、メディア側にこうした動きが見られないこともひとつだが、行政側にもこうした要請がないことだ。阪神大震災で6400人もの犠牲者を出したにも関わらず、いまこの時点で日本のほとんどの放送局の震災報道は、相も変わらず情緒的な情報を中心に「タレ流し」し続けている。「可哀そう」「気の毒だ」だけでは済まされない、もっと現実的な問題、課題をメディアは訴えていかねばならない。悲惨な事はもう十分分かっている。次に何を伝えるべきか。何も分かっていないのではないだろうか・・・。

7月の地上波デジタル化で、テレビの視聴者はますます増えるとでも思っているのだろうか。だとしたら放送局の方々はとんでもない楽天主義者だとしか、言いようがない。

BAD NEWS

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「あちこちでクーデターが起こりだす・・・」とは、1980年のARB「BAD NEWS」の歌詞。

チュニジアに始まり、エジプト・リビアに飛び火し、ある時代に成立した為政者による独裁的な統治は

終焉の方向に向かっているようだ。

確かに、A・トフラーが20年以上も前に書いた「第三の波」にあるように、

既存の価値観である、モノが動くことを産業基盤とする社会の構造は、

情報が動くことを基盤とする社会構造に変化し、

そして第四、第五の波がやってきて、人々は新たな自由を求めて

動き出そうとしているのかも知れない。

 

日本はほぼ1年ごとに総理大臣が替わり、

政権交代が起こったと思えば、メディアが重箱の隅をほじくりだすように

言葉の上げ足を取って、糾弾する。

「社会正義」なんか、彼らの居場所を担保するだけの「創造物」でしかない。

しかし、情報が産業の中心になればなるほど、

虚業と実業の碇泊点は、見えなくなってきている。

 

独裁的政治体制は、果たして崩壊するのか

それとも、都合の悪い情報を遮断して、

産業と結び付いて発展的解消を遂げるのか

 

 

世界の情勢が少しずつ、動き出したようである。

 

経済も文化も、秩序も常識も、

カオスの状態に向かっている。

新しい波の到来なのかも知れない。

 

 

でも、

もうBAD NEWSは、要らない。

 

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