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CHANGE

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今年もあと数時間で終わる。

振り返ると、何かと大変な1年だった。

清水寺での「今年の1年」は「新」だったが、
自分的には「変」だった。

オバマ大統領の就任じゃないが、
色々な意味で、変化の年だったように思う。

トラブルも異様に多かった。
夏には車上荒らしにあって、
秋にはヒザを痛め、
冬には携帯電話を落とした。

何か少しでも注意しておれば、助かったはずの事柄ばかり。
自分の注意力散漫かげんに、イライラした時期だった。

でも、悪い事ばかりではない。

9月、我が佛大の女子駅伝チームが、関西大学選手権で
見事立命館を破り、7年ぶりの優勝。
大会新記録の優勝はそのまま10月の全日本選手権の結果にも現れ、
初の全日本制覇。これも大会新記録。

そして先ごろの全日本選抜も大会新記録での優勝。
国内二冠を達成した。

今月開幕したVプレミアでは、
3年ぶりの応援団復帰で、目下5勝1敗の2位と
いい位置につけている。

ブレイザーズもガイチ監督から酒井監督に替わり、
新たな挑戦が始まった。

個人的にも、来年挑戦する大きなことや
新たに訪れる大きな変化がある。

2009年は変化と変化の兆しを感じた1年だったが、
2010年はそういう意味で、変化を実感する
今年以上にワクワクする1年になるだろう。

そして自分の大切な家族と、
大切な仲間が、どうか健康で、活き活きと過ごせる1年で
有ってほしいと思う。

平和と健康を祈りつつ・・・合掌。

連勝♪

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堺3-2東レ

金岡公園でのホームゲームは二日間とも手に汗握る展開。
フルセットの勝負を僅差で凌ぎ、ブレイザーズが連勝した。

初日はパナソニック、二日目は東レと、
どちらもあまり相性の良くない相手。
パナには全日本キャップの宇佐美。、
成長著しい清水・福澤に加え、
センター枩田と全日本メンバー最多の4人を擁し、
今シーズンの優勝筆頭候補である。

東レは伝統的なセンター線中心の守りのバレーが心情の
チーム。
どちらもプレイスタイルが違うので、なかなかガチに組めないのも、何かしら影響しているのかもしれない。

序盤から東レは、ブレイザーズのスパイクはブロックで叩くか
ひっかけて、そこから反撃する点の取り方が中心で、
ブレイザーズは完全に見透かされている印象だった。
デュースまで持ち込むが、26-24で東レ。

第2・第3は見違えるよな動きのよさ。
特に西尾が素晴らしい、近年久々の大活躍なんて言うと
怒られるかもしれないが、西尾の好調がゴッツ・エンダキの
サイド陣を奮い立たせ、センター陣も呼応したというところか。
第2セットは25-23、第3セットは27-25でブレイザーズ。

第4セットは前日のパナ戦と同様、グダグダになってしまった。
18-25で落とす。
圧巻はやはり第5セット。
特に後半のピンサ木内からのブロックがバッチリ。
あれで東レの意欲を潰して勝負あり。

ブレイザーズは今のところ故障者もなく、
好調をキープしながら年明けのJT戦で第1レグが終わる。
日曜は再び東レとの第2レグ初戦。
ここを勝っておくと今季はイーブン以上の対戦成績となるので、
今頃星勘定してもアレなのだが、心理的にはラクになると思う。

さぁ、2010年、栄冠を取り戻すためにがんばろー!

※前日練習でのブレイザーズご一行様

勝利の瞬間

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26日のブレイザーズホームゲームは、
3-2のフルセットでブレイザーズの勝利。

天皇杯準決勝で敗れた相手にリベンジできた。

序盤からパナソニックは清水・福澤を軸に
センター陣と外国人がうまく機能して
ブレイザーズに流れを渡さない。

しかし金岡のホームゲームは甲子園並み。
強敵であればあるほど燃えるオッサン応援団が火を噴いて
勢いをたぐり寄せると、
第1セットはデュースまで持ち込んだものの24-26で取られたが、
第2・第3セットを連取する。

特に圧巻は第2セット中盤。
調子がいまひとつあがらないエンダキに替えて西尾太作が
オポジットに入ると、
今までの鬱憤を晴らすかのような大活躍。
最大6点まで開いた差をひっくり返しての勝利だった。

しかしパナソニックも持ち前の粘りを発揮。
第4セットは白澤のサーブで崩されまたまた6点差。
そのまま勢いを取られ、25-14の大差で奪われる。

今季初のフルセットとなったこの試合。
結局序盤に点差を開いたブレイザーズがそのまま逃げ切り、
HG初戦を取った。

好調ブレイザーズは明日も勝って上位キープで
来年を迎えたいところ。
さぁ、頑張って応援しよ~

本格的に・・・・

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忙しくなってきた。
昨日は天皇杯で東京入り、しかし準決勝で敗退したため、
大阪に戻って速報を自宅で編集。
これがもし勝ってたら、今頃試合後の
祝勝会か残念会で東京滞在。
次の日は浅草に移動して編集&ホームゲームの
ナレーション撮りをして、そのまま泊まり、
翌日は全日本大学女子選抜駅伝取材のためつくばに移動、
早めにレンタカーを借り出して羽田に向かい、
その日に上京するスタッフをピックアップし、
下見をして明日の本番を迎える・・・

という予定だった。
今日大阪に戻れたのは、まぁなんというかフクザツな感じ。
負けて戻ってきただけに、あんまり気分は良くない。

来週末はホームゲームで、仕上げないといけないVTRに、
進行・演出まわりも打合せする必要がある。
機材の準備やら返却やらで大阪と京都を行ったり来たり。
その合い間を縫って知り合いの年賀状を作らないといけない。

あ~

なんかめっちゃ師走やんけ~

休みなしやんけ~

とため息ついて、かえりの新幹線の車窓を見ると、
すっかり雪化粧した富士山の姿。

どうか来年も無事に過ごさせて下さいと、
そっとココロの中で祈ったのでした。

赤穂浪士の討ち入り

なんですよ。今日は・・・
かくいう私はどちらかというと時代劇が好きなんですが、
日本人のシニア層にとっては
心に沁みるストーリーなのが、
「赤穂浪士」ですねぇ。

で、実はここからが本題です。

吉本新喜劇の役者さん、青野敏行さんは、チャンバラトリオの
お弟子さんで、昔うめだ花月の仕事でいろいろお世話になった事がある方(というか、結構余興紹介したんやけど)です。

この人の「ヤミ営業(笑)」の十八番が
あの三波春夫大先生の「元禄名槍譜 俵星玄蕃」です。

青野さん、紋付ハカマの正装と竹光の槍で現場に登場するや、
約8分のこの浪曲をとうとうと歌いあげるワケで、
そりゃもう、ご年配の方々は大感激です。

で、この俵星玄蕃をいぜん2回ほど演じて頂いたのを見ましたが、
ホンマモンの三波春夫大先生のが見たくて、探しました。

これです。

まぁ、ナニが違うかって、

声ですね。(笑)

あんなダミ声じゃないぞ~

でもなかなかいいセン行ってます。青野さん。

本物の亡き今、どっかの特番でやったらいいのに・・・
と思うのです。

時に元禄15年・・・

今日がその日だったので、思い出しながら書いてみました。

2009-2010Vプレミア開幕 12/6 豊田合成戦

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昨日の負けを引きずるかと思われた合成戦。
過去の対戦成績も芳しくないイヤな相手は共に1敗どうしで、
今日勝つのと負けるのとでは「連敗」と「相星」だから
どっちも必勝体制だ。

モモタを先発セッターに起用した昨日のサントリー戦では、
第1セットこそ相手のミスに救われて奪うものの、
やはりスパイカー陣とコンビが合わず、あえなく1-3で敗退。

今日は金井君が先発。1・2・3・4・7・18のレギュラー陣。
序盤はブロックランキング1位の北川擁する合成のブロックに
ゴッツ・北島がつかまる事が多く、21-25で落とす。
第2セットは序盤リードするも逆転、再逆転の面白いゲーム。
しかし第1セットとはウラハラにがぜん調子づいたブレイザーズが
25-21で1-1のタイスコアに。

第3セットもシーソーゲームは続いたが、後半の20点あたりから
ブレイザーズが一気に抜けて25-21で連取。
このセットが、今日のゲームのカギだったように思う。
第4セットは序盤からブレイザーズが大量リード。
相手のモチベーションを完全に奪って3-1と圧勝した。

応援で音を出してると、結構セッターの配球に対応していることがあって、
昨日は松本・大道・伊藤・北島のスパイク成功率が低かったため
①3回コール ②3回コールBはほとんど押さずじまい。
代わりに⑦JPが連発で出た。③ゴッツも3回ぐらいかな?
きょうは以外とまんべんなく使ったけど、やっぱりココ1番は
⑦を押していた。③も後半よく押しました。

しかしふたり応援は結構タイヘンでした。
どっちもテンパっちゃって・・・どうしようかと・・

まぁ、団席に来ていただいた皆さんの暖かな支援のおかげです。
香川大会はだんちょうワンマン応援。
頑張らねば!

週末から

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2009-2010Vプレミアリーグが開幕する。
今年はものすごく久しぶりに、応援団に復帰して
各地を回ることになった。

チアリーダーのいない、オッサン二人旅。
途中の北九州HGだけ所用で欠席するけど、
それでも全26試合。
しかも応援はなおき一人、僕は試合撮影係。

うまい事いくかどうかは、体調しだいかなぁ。

先月から右ひざが痛み出して、2回水を抜いたけど、
正直言うと、まだ少し痛いし、違和感はある。
体育館の急な階段をエッチラオッチラと機材かついで
上るから、まぁどっかで悲鳴上げるかも知れない。

それよりも、応援は正直しんどい。
勝ってる時はぜんぜん苦にはならないが、
これが連敗なんて事態になると、結構キツイのである。

それでも愚直に応援しようと思う。
優勝したら、また泣くやろなぁ・・
なーんて思いながら、週末からの激戦に
想いを馳せるのでございます。

イベント

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久々にお仕事のハナシ。

とても久しぶりに、ヨシモトのお仕事の声がかかった。
11/29NGK 25歳と364日~ベイブルースよ、伝説に。~
のイヴェントVTRだ。

オープニング、中VTR コントネタ、エンディングの4本。
昨日完成し、納品した。

ベイブルース。
河本栄得・高山知浩のコンビだった二人は、
二丁目劇場の後半、90年代初頭を若手お笑い界の先頭に立つ
漫才コンビだった。
ちょうど前の会社で広告の部署に異動した直後で、
ラジオの仕事を和泉 修としていた僕は
彼から「今イチバン面白くて勢いのある若手はベイブルースやなぁ」
と聞かされていた。
当時うめだ花月で上演していた、修プロデュースの「うめだバラエティ」でも、その姿を見ることができた。

イベントかなんかあったら、来てもらおうと考えていた矢先の
1994年10月、ボケ担当の河本君が、劇症肝炎という病気で
亡くなった。

以後、高山君は「ベイブルース高山」と名乗り芸能活動を続け、
やがて「キンバラジロー」と名を変えたうめだバラエティで、
初めて彼と言葉を交わした。

二丁目時代に一世を風靡した彼は穏やかで、だけどどこか影のある、
そんな印象だった。
舞台上では弾けて、普段はもの静かで思慮深いというか、
やはり相方を亡くしたのが、今でも影響してるのかと、思った。

当時は僕もコントを書いてたが、舞台でのお付き合いしかなかったので、高山君の事は正直あまり知らなかった。
今に至ったのは、やはり修とコンビを組んだ時からだろう。
営業で三重県に向かう近鉄特急の車内だった。

高山君がおもむろに
「修さんとコンビを組むことになりました。
これからよろしくお願いします。」

そこから、ケツカッチンという漫才コンビの高山君が
始まった。

彼はそれでもやはり思慮深く、
お笑いに対してはとても真摯で、
仕事も丁寧な人だ。

しかし、酒グセは相当悪い(笑)。

でも憎めない存在の高山君。

僕の結婚式にも二人で来てくれて、一番気に入ってるネタを
やってくれた。
読んだら絶対泣くからといって、ヨメの両親への手紙を
代わりに読んでくれた。

そんな高山君の依頼で作ったベイブルースのイベント。

実は自分が、ベイブルースの事をほとんど知らずにいた事に
今頃になって気付いたのだった。

ビデオを作るにあたり、同時に彼が書いた本を買って、読んだ。

二人の高校での出会いに始まり、
コンビ結成への道のり、

そして河本君の最期の事や、
病気と分かった時から永遠の別れまでの高山君の心理を
とても丁寧に読みやすく書いていた。

おかげでものすごいインスピレーションが湧いて、
一気に編集が進んだ。

29日のNGK、チケットは完売らしい。
お客さんはどう感じてくれるだろう。
河本君の15回忌を迎え、これがベイブルースの最後のイベントになるのだそうだ。

25歳と364日で人生の時計を止めた河本君。
ファンの人も、あの時止めてしまった時計を動かすために来るのだろう。

そんな人たちに、思い浮かぶ情景を詰め込んだつもりなのだが・・・。

右ひざ関節炎

どうも先週から右ひざの調子が悪かった。
特に寒さが増した日、突然痛み出した。

右ひざは半月版損傷という古傷があって、それほど万全では
ないのだが、とうとうガタが来た。

月曜、いつもの整形外科へ。
先生「右ひざ?えらい前に治療したとこなな~
   平成14年てカルテに書いてあるで」

思い出した。そういえば親父の介護で連れてきた時に、
ついでに見てもらった時だ。

あの時も、確か水がたまってて、どえらい痛かった。

親父を診てもらうのに、自分のほうが重症やった・・

あの時と同じように、診察台に乗った。

「ちょっと調べるね~」

注射針が右ひざに刺さるのが分かる。

痛っ・・・

だいぶ太い針のようだ。

いたたたたっ・・・

痛い痛い痛い痛い・・・つぉぉぉぉぉ・・・

「あ~結構水たまってたわ」

やっぱりかい!

水抜くのは痛いから、このセンセイはいっつもごまかして
注射を打つのだった。

おかげでかなりラクになったが、5日経った今も、
違和感は収まらない。

で、今朝も診てもらった。

「どうする?まだ抜く?」

げぇぇぇっ
まだ水たまってるんかい!

連休の間に腫れが引けば、無理に抜くことはないようだ。

次回抜くとなれば、ごまかしは一切なしということになる。

はぁ・・・

てなワケで、今は患部に湿布を貼り、上からファイテン謹製の
ヒザサポで覆い、その上に携帯カイロを貼って、その上から
これまたファイテン製のヒザパッド(だいぶ前にチームのトレーナーさんから頂いたスグレモノ)を巻いて完全武装です。

なんとか12/5の開幕までに治めないと・・・

と、週明けに覚悟を決めるワタシでした。

注射こわ~い。えーん

通天閣

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久々に仕事で通天閣の下に来ました。

エライ様変わりです。

もう、ココは観光地なんや・・・。

7~8年前に、MBSのロケで赤井さんと修ちゃんと来て以来です。
その時も既に観光地の兆しはあったけど、
それでもまだ、ジャン横は危険な空気が漂い、
通天閣の下はすえた匂いがしていた。

破綻してしまったフェスティバルゲートも、
もう少しオープンが遅かったら、今頃は違う展開になってたかも
知れない。

でもやっぱりココは、大阪の匂いがイチバンする街やと思う。

この辺は実は子供の頃、近くの街医者に通うため、母に連れられてよく歩いたのです。

叩き売りのオッサンとか、将棋会所とか、
スマートボールとか、すごい不思議な街でした。

プロフィール

ただいまの時刻

※この時計の時刻は、あんたはんのパソコンのもんどす。必ずしも正確な時間ではあらしまへん。

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