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父ちゃん、倅に会いたがる♪

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自宅から妻の実家、岸和田まで、片道約50km。

往復100kmを走る毎日はさすがにつらくて、
仕事やらなんやらで忙しい場合は、岸和田に行けない日も
ございます。

そんな時、役に立つのがSkype.
妻はハワイの親友とコレでコミュニケーションを取っています。

そんなツールを駆使して、会えない時は映像で
倅と会うのでございます。

といっても、一方的ですけど。

彼はオッパイを飲んで、寝て、泣いて・・・の繰り返し。

しかし!

確実に大きくなっています。
体重はもはや4500gを超え、身長もベビーバスが窮屈な位になったと
妻が言ってました。

今のところ母乳オンリーが功を奏しているのか、
超高速で細胞分裂を繰り返しているようです。

さきほど、9月5日にお宮参りをする予定と聞きました。
あのだんじりが宮入りする、岸城神社だそうです。
しかし5日は午後からだんじりの「試験曳き」があるそうな。

大丈夫なのだろーか?

この日の午後には家族写真を撮る予定です。
そう、あの着物を、着せるのです。

ついに、とうちゃんになる。

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8月3日夜。
その日も蒸し暑かった。

7月31日の予定日を過ぎ、まだ生まれない状況に、
主治医のセンセイから「もっと歩きましょうね」と言われ、
1週間前から、街中を歩いている妻と、同行する私。

臨月によるむくみの影響で、僕のジョギングシューズを履き、
毎日30分~40分のウォーキングを繰り返していた。

この日は実家の母に届け物をして、それから街を遠回りに歩き、
約1時間、みっちり歩いた。
既に3100gを超え、これ以上お腹の中で大きくなったら
産みにくくなると言われて、
妻も真剣に、弱音も吐かずもくもくと歩いていた。

4日深夜。
2時ごろである。
突然「痛たたたたたたたたた」と妻の苦しむ声。

陣痛か?

「ワカラン。経験したことないから」

まだ冗談が言えると思っていたが、午前3時を過ぎると
その痛みが断続的にやってくる。

病院に電話してみたら、間違いなく陣痛と言われた。
ただ、まだ間隔が空いてるから、もう少し様子を見てくださいとのこと。

結局妻も僕も、ほぼ一睡もできず、朝がやってくるまで、
少しづつ間隔が狭まる陣痛の度に、妻は苦しみ、
僕は腰を揉みの連続で過ごした。

午前11時。
陣痛が6~7分おきになった。
ようやく病院から来てくださいと言われたので、
妻を乗せて、病院へ行く。

車中でも必死で痛みをこらえる妻。

こんな時、何もできないのが、男なんだな。
心で詫びつつ、クルマを走らせること約30分。病院着。

LDR室という、陣痛も分娩もできる部屋に入った。
ひとまず安心。

初産なので、ここからが長いと聞いていたし、
義母も来てくれたので、仕事に戻ることにした。

事務所に戻り、そして自宅に戻り、少し仮眠。
スタッフ運転のクルマを豊中に置き、再び新御堂を南下。

途中、義母から電話が入る。

「今、向かってます。」

ちょっと遅くなったけど、今夜は徹夜かなと覚悟してたので、
渋滞してる道を端端と走らせた。

事務所でスタッフを下ろし、病院には6時50分着。
7階に上がる。
受付で「すいません、LDRに入ってる柏原の・・・」

「ああ、さっき御生まれになった柏原さんの・・・」

「えっ???」


「先ほどお生まれになられましたよ。」


「げげげげっ!」

LDR室の前で、義母が手招きしている。

聞けば、6時過ぎに、急に産気づいて、そのまま緊急出産に
なったらしい。

あまりに急にお産が進んだので、妻の後処置が結構、大変だったのだが、
後で聞いたら、安産の部類に入りますね。との事。

しかし妻曰く、極限の痛みでギャァギャァだったらしく、
とても立ち会ってもらえるような、平和なお産ではなかったそうだ。
結果的に生まれる瞬間は、義母ですら立ち会えなかったらしく・・。

まぁ、結果よければ全て良しと思っている。

妻の処置の間に、助産婦さんに呼ばれ、子どものいる部屋へ。

「6時46分、3519gでした。元気な男の子ですよ」

「で・・・デカっ」

生まれたばかりで、血やら羊水やらがついてる状態のわが子を抱く。


なんて言ったらいいんだろう。


彼の鼓動が、自分の何かとシンクロしているような、


彼の温もりが、離れて処置を受けている妻の闘った痕跡を伝えているような、

そんな不思議な感動が、心から湧いてきた。


この10ヶ月、僕らはこの瞬間を待った。

これまでの不安のすべてが、喜びに変わった瞬間だった。

不安なんて、無い。
これから共に育ってゆく。

ありがとう。

生まれてきてくれた事に感謝。

暑さとだるさと、つわりと痛みに耐えて生んでくれた妻に感謝。

頂いた命をつなぐことができた。両親に感謝。


7年前に他界した親父の写真を持って行った。
いつもより、笑ってくれてるように見えた。

父ちゃんになる覚悟・・・

ついに7月です。
予定日は31日。
Xデーはあと1ヶ月を切りました。

妻のお腹の中で、彼は暴れる日々です。
夜中も昼もカンケーなく、ゴニョゴニョと暴れてます。
その影響で眠れない妻。暑さも手伝ってか
「もう早よ生みたいぃぃぃぃ・・」
と、寝言がマジなんかワカラン発言をします。

いやいや、今出て来られたら、
仕事は混んでるし、大学院はまだ夏休みちゃうし、
おまけにレポート山積みやし、

ベビーベッド組んでないし、あと1回出産準備クラス受けないとイカンし、
車検や消費税の支払いあるし(関係ないか・・)

とまぁ、私の思いとしては、予定日に近い日程で
ご光臨願いたいと・・・

覚悟はまだまだ甘いですねぇ。

でも日々一刻、天から授かりし命との出会いは、近づいています。

出産立会います。はい。
そりゃもうプロですから、しっかり撮影しますよ。
でもたぶん、イッテQの兄ちゃんみたいに、
涙ボロボロで、鼻水ダラダラで、
トータルで言うとグダグダでしょう。
今でもその光景を想像しただけで、なーんかウルウルきますよ。

先日、和泉修ちゃんの奥様にアドバイス頂きました。
「分娩室入ったら痛いわシンドイわなんで、周りにいるもの
ぜーんぶウットウシく感じるから、
変に励ましたりしたら、怒られるよ~」って・・。

そうかぁ。
頑張れ!って、もう頑張ってるよなぁ。
大丈夫やって、ヒトゴトやわなぁ。

・・・なので、ひとまず下僕のように付き添い、
八つ当たりがある時は甘んじて受け、
お生まれあそばされる瞬間を
静かに燃えつつ、お待ち申し上げる事にします。

親子2代の・・・

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この写真に写ってる着物は、
私が7歳のとき、一回だけ、七五三に着た着物です。

先日、母が40年ぶりに、着物箪笥から出してきてくれました。

虫食いもなく、ほとんどシミもなく、
とても良い状態でした。

陰干しのあと、呉服屋さんへ出して、メンテナンスしてもらうそうです。

かなり前、母が
「あんたに息子が生まれたら、着せたる為に誰にも貸さんと
置いとくねん」
と言ってました。

「三つ葉柏」の家紋の入った、正真正銘、柏原家の着物です。

この「暴れん坊将軍」の上様みたいな着物を、

もうすぐ生まれてくる倅の宮参りに、使おうと思います。
そして、七五三の時には、やはり40年間眠っていた袴と一緒に
着せようと思います。

それまで母が、達者でいてくれるのを心底、祈ってます。

実は親父の形見に、えらく立派な着物が残ってるのだそうです。
いつか近いうちに、母と私と妻と倅で、
着物を着て写真撮れたらいいな・・・

そんな想いも、フツフツを湧いてきましたよ~

勉強してると・・・

大学院と仕事の両立・・・といっても、
まだ1ヶ月もたってないのでハガユイのだけど、

さすがに社会人が多い研究科だけに、ものすごく刺激に
なる事が多い。

バレーボールの人がドクターで2人
マスターにはラグビー・スキーと色んな種目で
いろんな経験を積んだ人がいて、一緒に勉強している。
経験を裏討ちするような理論とか、
親学問としての社会学の勉強とか、
関連法規、行政学、組織論・・・
様々な関連領域があって、興味深い。

僕らの研究はスポーツ政策なので、スポーツの文化的な側面を
主に研究する立場なのだが、
そうでなくてもスポーツが文化ではなく娯楽とみなされる風潮や
企業スポーツの衰退でも分かるように、とても軽薄な扱いを
受けているように見える。

僕はメディアに携わる立場からスポーツの効用を考えて行こうと
大学院に入ったのだが、

スポーツの主体である「○○協会」や「××機構」とか、
その所属チームも含め、
スポーツ団体の組織体としての危うさを知ってしまうと、
勉強してることが全く無意味なものに見えてしまうような事がある。

それはたぶん、様々な意志形成がなされる組織体の中にあって、
突如としてその意志が覆されるような行動がしばしば見られるにあたり、

それは伝統的な「体育系」の、独特の社会構造に起因していることが見えたときである。

どんな組織でも「天の声」的な不条理はよくあることだが、
こと体育界にあっては、伝統的なタテ社会が、それをより強く
しているように思えて仕方が無い。

こんな社会に学問なんてただの徒花と思ったら、とても勉強なんか
する気になれない。
だけど、不条理には不条理で対抗するより、
あくまでも理論と実践で臨まねばならないと、僕は思う。

そうでも考えないと、せっかく時間取って勉強してるのが、
もったいないわいと、最近思うのであります。

なんか脈絡の無い文を書いてしまった・・・・。

充電PART-Ⅱ

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本日は寒いながらも晴れであります。

前回、箕面公園に散歩に出かけ、
「次は妙見さんにでも行くかね」と妻と話をしてました。

で、行ってきました。
豊中駅から各停乗って、川西能勢口で能勢電に乗り換え。
能勢電は数年前の独身時代、ふらっと乗りに行って以来です。

いぜんの能勢電は黄色とオレンジのツートンカラー。
今は阪急マルーン一色です。

妙見口からケーブル乗り場までは、バスに乗れるかと思いきや、
夕方までダイヤのない、閑散線区。
なので、歩きました。

身重の妻は結構、シンドそうでした。
自分は・・・以前だったら妻より早く息切れしてたでしょう。
最近の通学生活で、結構歩いてますもので♪

妙見口からはケーブル・リフトを乗り継いで、山頂へ。
なんと、昨日の最高気温は4℃だったそうな。
なので街中では散りつつある桜も、
今が見ごろです。

谷間から吹く強風意外は心地よい春の陽射しで、
森林のエネルギーで充電できました。

ガッコウもひととおり講義が終わり、発表や宿題が
出て参りました。
仕事はオニのように溜まってて、
なんか思い出したらブルーですけど、

まぁ、なんとかなるでしょう。
GWまでにもうひと働きして、ゆっくり勉強しまっさ。

煙出そう・・・・

4/3は大学院の入学式でした。
大学の入学式は1981年。
今から29年前です。
まさかまさかの展開で、
齢47にして、大学院に行くとは、夢にも思いませんでした。

2週間ほど前、学費を納めようと銀行に行ったら、
案内係のオバチャンに
「おめでとうございます!お父様!」などと言われ、
自分がたいそう、年と取っているのを痛感させられました。

3日は入学式。
同志社大学はキリスト教でしたね。
賛美歌に始まり、礼拝・祈祷と、
荘厳です。
これで私は、高校・・・神社(浪速高校) 
大学・・・仏教(佛教大学)
大学院・・キリスト教と、
宗教系学校を総なめにしてしまいました。
なんて節操のないというか、ゴッタ煮やねん(笑)・・・

さて、4日からさっそく集中講義。
「政策科学」の基礎を15コマ一気に学びます。
初日はなんと、6講。
朝9時から夜8時まで、ぶっ通しでした。
さすがに、何回睡魔に襲われたことか。
ここでも、ああ集中力が衰えたなぁ・・・と、
年齢を感じた次第。

大学院は2年間で30単位と修士論文で卒業だとか。
なのでだいたい1週間に3~4日、
しかも総合政策科学研究科は社会人が多いので、開講が
16時以降が多いのです。
なんとか1回生時に多めに取って、
2回生は論文指導のゼミと特講ぐらいにしておこう・・・
なんて、同じゼミの社会人クラスメートと、作戦を練ってました。

そうそう。
学生の頃も、こうやって単位の登録してたよな・・・
と昔を思い出し、なんかワクワクしてます。

で、VPLセミファイナル。
東レが意地のスト勝ちで合成を破ったため、セット率で
我らがブレイザーズが決勝進出です!

相手は今季レギュラーラウンド負けなしのパナソニック。
同じ関西勢どうし、手の内も知り尽くしたライバル。
良い戦いと魂の応援ができるよう、
集中講義を抜けて、東京へ参ります!

皮破れるぐらい、タイコ叩いたらぁ!

合格通知

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本日朝、同志社大学から速達が届きました。

いそいそと開けてみると・・・

合格通知書

とりあえず、ホッとしました。

でもここからが、本当に頑張らないといけない2年間です。
4/3に入学式。
佛大の入学式とカブらないで良かった・・・。
こっちの入学式はテレビ中継の仕事があります。

履修登録とか、教科書を買うのは、昔のままです。
「ネットワーク利用試験」なんてのがありました。
学内のネットワークを使うためのテストです。

その上なんと!
いきなりですが、集中講義が翌日から!
4日はブッ続けで朝から夜まで
5.6日と続いて、11日も同様です。

実はコレ、VPLのセミファイナルとファイナルに重なってるのです。
あぁぁぁぁ~いきなりかぁ・・・

と、途方に暮れる私でした。

だって、こっちも研究対象となる「フィールドワーク」なんです。
困ったなぁ。

まぁ、とにかく一層馬力出して前進しますわぁ!

VPL東京大会

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13-14は東京大会
2年前の開幕戦みたいに、8チームが終結して
4試合ずつ戦う。

ブレイザーズは第3試合。
11時に第1試合が始まるから、大体16時ごろにはスタートする。
昼過ぎに東京体育館着。
第2試合の第1セットが始まっていた。
準備もそこそこに、試合終了を待つ。

JT-大分三好戦は、まさかの1-3で大分勝利。
試合終了と共に、応援団席が入れ替えになる。
ブレイザーズは他の応援団と同じく、音響機器で音を出すのだが、
何せオッサン2名の最少応援団なので、アンプとサンプラーは
団席のイチバン前に置く。

他の応援団は人数も抱負なので、音だし係が後に控えて、
リーダーの合図で音を出すワケだが、
僕ら、特に芸人である団長は、出す音も"ネタ"のひとつなので、
息と間で鳴らすには、離れていると具合が悪いのである。

そんなこんなで6年か7年ほど前から今のスタイルになったのだが、
この方式、入れ替えだと非常に段取りが悪い。

何せお客が出入りしてる間を縫ってセッティングしないといけない。
そうこうしてる間に試合の準備はどんどん進む。
キッズエスコート、選手紹介・公式プロトコルと
配線してたり応援プレートを用意してる間に・・・である。

なので配線だけは早めにやっておきましょうという事で、
実は団長とスチルカメラ担当の臨時応援団員のDチャンは
金曜に東京入りしてもらってた。

試合は首位パナソニック戦。
そっちの結果は公式サイトをみてもらうとして、
14日。この日は最終の第4試合。たぶん、18時前後にゲームスタートだろう。

でも次の日は応援団席の位置が変わるので、9時前に体育館入り。
スピーカーの配線を養生テープで止めて、電源を引き、
応援プレートを整理する。
その後速報動画の準備で、三脚を立てる。
前に座った人が立ってもカブらないよう、めいっぱい高くして、
摂る時は脚立に乗ってカメラを回す。

撮影は先着順みたいなとこがあるが、今のところ毎試合撮影してるのは
ブレイザーズだけなので、まぁなんとか撮れてるという感じだ。

さてこの日の相手はFC東京。
サッカーチームを母体としたチーム。
応援団はサッカーの応援と同じで、男性ばっかり。
応援団席後方に20人~30人ほどが立ち、一斉に声を出す。
迫力満点の応援だ。

正直1セット取られたけど、応援に押された感はあった。
ブレイザーズもひとりで団長が頑張った。
むこうは機械で音出してないから、こっちもタイコ叩いて
声だし中心でいきますと言ってた。

応援団や応援って、こういう試合に必要なのか?と、たまに思うのだが、
やっぱり必須のモンだと思う。
地方の大会ではなかなか行けない下位チームとの試合は、
結構ヘンな感覚になる。
普通タイムアウトやセット間は何か音が鳴ってるのだが、
いちおう交互に音を出す約束なので、相手チームの晩だと、
シーンとなってしまうからだ。

公式戦という、グラウンドや体育館にお客を入れ、何らかのお金を
徴収して見せるスポーツなら、ファンを含めて観客の便宜を優先するべきだと考える。

観客の声援はスポーツを盛り上げる大切な構成要素と思う。
そんな要素にひとつとして、応援があって、以外と表には見えない
影の努力があるのだ。
(今日はちょっと長めの文章やな)

で、話しを東京大会に戻すと・・・
試合前のキッズエスコート(小学生の地元バレーチームが選手と一緒に入場する、サッカーの入場と一緒ですな)
の時に流すリーグの公式応援ソングを、
東京大会は生演奏で歌ってもらうという趣向だった。
女性デュオの「スーパーバンド」のふたりがギターを持って歌いだす。
さぁ、選手が入ってくるな・・・と思ってたら突然、
歌声は小さくなり、アナウンスが流れた。

つまり、生演奏のふたりの声はBGMになったワケだ。
それも間奏とかじゃなく、2番の歌詞に入ったあたりで・・・

な・・・なんちゅう演出やねん!
アーティストをバカにしてるのか?
彼女たちの声はテープかCDと一緒か?

あぜんとしつつ、演奏終了。
まばらな拍手。

コレを良しとするのは、いかがなもんだろう。
しかもこのキッズエスコート、1日に4回あるワケで、
2日間でつごう8回も同じ歌を同じ場所で下げられ、
更にひどう事に、第1試合の前、選手が大声出してアップしている時間に、
彼女たちはミニライブをやらされていたのだ。

こんなイベントはアカンよ。

「黙ってても客は来る」と思ってるんだろうか。
ちなみにこの2日間の動員は、
最高で土曜は4.300人、日曜は3.500人だった。
(いずれもブレイザーズの試合)

ブレイザーズが来週末、北九州で行うホームゲームは、
1試合で8.000人入れている。

この現実をエライ方々はどう見てるのだろう。

47th Birthday

誕生日にあたり、皆さんの温かいメッセージに感謝します。

同学年の方々の中では、遅いほうの47歳です。

が、自覚が全くありません。

相変わらずドタバタしてます。

記憶があいまいになり、老眼が進み、体内より湧き出ずる香りに辟易し
それでもまだ自分の氣は、前を向こうとしています。

精神的には、30代です

来週はついに試験の日です。
面接で、自分の研究計画を説明し、質疑応答・・・。

考えただけで、緊張します。

ついこないだまで、面接する方やったのに。

4月からは大学院生

7月末には父ちゃんになります。

こんな頼りない父ちゃんでいいのかな・・・なんて不安も
若干はございます。

そんな時は、私のまわりの色んな「先輩父ちゃん」のアドバイスを
真摯に受け止め、日頃の糧としたいもんです。

気持ち新たに、感謝を込めて、

47歳のスタートです。

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※この時計の時刻は、あんたはんのパソコンのもんどす。必ずしも正確な時間ではあらしまへん。

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