No.310の記事

ついこの前、仕事で卒業式を撮ることがあって、
会場でスタンバイしていた。
大学の卒業式といえば、もう既にオトナばかりの
セレモニーなので、まぁ整然というか、淡々と進行するものと思っていた。

ところが今年は違っていた。
会場がどことなく騒がしい。
真っ暗の場内を眺めると、卒業生がせっせと携帯を
触っている。
声を出しているワケではない。
ザワザワの原因は、観客席に陣取っている「親」である。
ひどい親になると、「○○ちゃあ〜ん」なんて
客席に向かって叫ぶ始末。
モラルもへったくれも、何もない親。
こんな親を持った子供が、大学から社会に出てゆく。
先行き不安とは、このことである。

オトナになった子供の卒業式をのこのこ見に来ること自体、自分が大学生だった時代には考えられないことである。
(もちろん我が両親は大学の入学式も卒業式も来なかったし、最近になるまで大学がどこにあるかもあんまり分かってなかった)
そりゃあ、学費を出してやってるのだから、自分の子供が卒業するのを見届けるのも
親の役目かも知れない。
しかしどうにも納得がいかぬ。果たしてそれは子供のためになるのかと・・・・

近年の少子化の影響なのか、「過保護」な子供が多すぎるように見受けられる。先日一緒に仕事した同年代の女性タレントも、
特に50歳代の親の過保護ぶりは聞いていてハラがたつほどですよと教えてくれた。

50歳代・・・団塊の世代より少し後の、ノンポリ時代に生まれた人たちだ。ということはその人たちの親の世代は、かなり厳しい「昭和ヒトケタ」だったと思う。厳しく育てられたが故に、自分の子供たちには優しく接してあげようということか・・・

しかしその「優しさ」は果たして本当の優しさなのだろうかと思う。友達のような親子、兄弟のような親子は果たして本当の意味での親子関係が構築できるのだろうか?

究極を言えば「怒れない親」と「怒られたことのない子供」がこの世に蔓延するだけではないか。ただ他人に厳しいだけの自分勝手な親と、他人を思いやる事など教えてもらわなかった、単なる利己的な子供を作り出すだけではないのか・・・・。

親は木の上に立って見ると書く。
どの親も、辛抱して見ることができない。
我が子が可愛いのは、誰だって同じ。
しかしどのバカ親も、「自分の子だけは違う」と勘違いする。
これからの教育、子供だけでなく親を教えないといけないとは、大変なことである。
本当の優しさを知らないで育った子供たちが、どうして平和を構築できるのか・・・
それを考えると、ちょっと薄ら寒い感じがするのだ。