最近の日記

新型に移行しましたっ。

どこのどなたが見て頂いているか分からないのですが、当ブログは新型に移行しました。
http://www.nocturne-jp.com/diarypro/diary.cgi

自分のサイトの統合したやつです。
最近多忙により、あまり書き込みしてませんが・・
よろしくっす。

こういうのを「ヴァカ」という。

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写真は昨日の夕刻、阪神高速池田線でのワンショット。
塚本先頭で5kmといったところ。
空港の料金所を出て、追い越し車線に入るか入らないかと思ったあたりで、ひときわ明るいテールライトのクルマを発見した。

予想どおり。いわゆる「バックフォグ」を点灯している。
バックフォグは欧州車ではよく装備されている、霧とか
悪天候の際に後続車に自車の位置を知らせるためのライトだ。この日は霧もなく見通しの良い快晴。バックフォグを点灯させる理由なんぞ、一切不必要なシチュエーションで、しかも「渋滞」である。
正直なところ、コイツがまた眩しくて仕方が無い。
こんなヴァカなドライバーが以外と街に出没する。ファッションなのかどうだかは知らないが、意味も分からずバックフォグを点けるドライバーである。
もしやと思って、左車線から抜いて前へ出てみた。
案の定、フォグランプまで点けている。いや、ドライビングランプだろうか。とにかく純正品の点灯できるものは全て点灯している状態。しかも、何が嬉しいのかご丁寧にブルーバルブだ。

はははっ。

このヴァカなドライバーは、笑われてるのも知らずに渋滞路をノロノロと周りのドライバーに迷惑をかけて環状線を目指していたのだった。

たまらんねえ・・・・(笑)

結婚式

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正直なところ、自分がこういう日を迎えられるということをなかなかイメージできなかった。
10年ほど前に会社を辞めて独立した時も、
3年前まで父の介護をしていた時も、
心の中心にはいつも結婚したいという願望があったにも関わらず、
その事をただひたすら隠して、目の前の現実と闘っていたような気がする。
しかし、心に生えた"棘"もいつかは先が鈍くなるもので、
それは年齢と共に経験を重ねてきたからかも知れないし、
多くの人に会ってきたからかも知れない。

今回の結婚式は親戚だけを招いた小さなイベントだったが、それは僕の今まで関わったどんな大きな
イベントをも凌駕するほどの感動と感激を与えたものであった。

それは、自分がある種頑なに守ってきた、心の中の氷山が溶けたような感覚・・・。
多くの人に守られて、愛されて、信頼されて、期待されてきて生きてきたのだという事を
今更ながら深く心に刻んだ、イベントであった。

父の告別式でさえ堪えた涙が、
堰を切ったように溢れ出た。
それは心に留めていた何かとの訣別だったかも知れない。
これからは、人生を共に歩む人がいる。
おまえ、たったひとりじゃないんだと、
親父が虚空から微笑んでくれたのだった。

「へんな女」水原弘

「ウパウパティンティン〜♪」の歌いだしで始まるこの歌、以前からものすごく気になっててダウンロードしたんやけど、歌詞がとにかく面白い。
全部書いたら権利問題になるから書けないけど、
「へんな音鳴らす へんなバンド〜」とか
「へんな歌唄う へんなオトコ〜」てな言葉が出てくるし、
最後は少年少女がノーテンキに「みずはらひろしぃ!」と叫ぶのだ。

でも、1970年の曲なのに、「ウパウパティンティン」を覚えてたということは、かなりのインパクトだったのではないかと思う。
ちなみに作曲はあの浜口庫之助センセイでした。

GW

予定では府立体育館で黒鷲旗全日本選抜バレーの試合撮影をしているこの2日間だが、ブレイザーズが3日豊田合成に敗れたため休みとなった。
よくよく考えたら、ゴールデンウィークなんかまともに休んだ記憶が無い。いつも何かしら仕事があって、何か用事をしていたように思う。
4日に決算の打ち合わせがあった以外は完全なプライベート。といっても来週にはいよいよ結婚式を迎える。5費にはゲストで来て頂く方々と打ち合わせをして、準備だけは怠りのないようにと・・といっても直前でアレ忘れたコレ忘れたというのが、イベントの際たるもんなのだが・・・

というわけでかなりのんびりできた3日間だが、昨日はエキスポランドでどえらい事故が起きた。なんとジェットコースターで人が死ぬという前代未聞の事故である。自宅からクルマで10分とかからない遊園地で起きた大惨事に、なんか暗い気持ちになってしまった。

新年度

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新年度がやってきた。いろんな意味で忙しい1年になりそうだ。5月には結婚式が控えているけど、仕事は相変わらず怒涛の勢いでやってきている。
充実していますかと聞かれたら、充実し過ぎですと答えている。正直こんな濃厚な毎日が送れるとは思っていなかった。44歳という年齢のせいか、我々の時代がいちばんのメインストリームになりつつあるからなのだろう。

きのう投票に行った。体育館の前にはこの時期らしく桜が満開だった。まだ蕾のままの桜もいくつかあったけど、それにしても桜は日本人の精神にとても合っていて、見ていて心が満たされるのである。

満開のときの艶やかさ、華やかさと、
散り往くときの潔さが、古来の日本人の魂の
琴線に触れるように、趣とモノの哀れがなんとも涼しげなのである。

というか、花を愛でるなんてのは
よっぽど心にゆとりがある証拠やないかと思う。
ちょっと前までは、「花よりダンゴ」の口やったからなぁ・・。

シーズン終了

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4/1のNEC戦をもって、我らが堺ブレイザーズの第13回Vプレミアリーグが幕を閉じた。
9勝19敗という、自分もあまり経験のない戦績に
選手だけでなくファンも落胆の気持ちは隠せない。

しかし、05年に優勝した東レでさえ、ブレイザーズが優勝した翌年は6位に沈んでいる。色んな要因はあるけど、裏を返せばそれだけ実力が拮抗しているのだろう。
外人選手の出来の良さもあるだろうし、主力選手のケガなんてのもある。ブレイザーズはゴッツ石島がブラジル修行で不在だったし、世界バレーで活躍した千葉・朝長はやはり連戦の疲れがシーズンに入っても抜けきらず、本来の実力が出せないでいたのも否めない。

上位4強は予想どおり選手層の厚いサントリー、黒鷲旗連覇の東レに初優勝を狙うパナソニック、そして初の4強入りを果たした豊田合成となった。

既に1-2位はサントリー・東レ、3-4位はパナ・合成に決まっているが、なんとなくサントリーかなぁと、自分は思う。いずれにせよ、日本最高のリーグなのだから、もっともっと決勝戦は盛り上げてほしいと思う。中継がいつものようにNHKでは、なんともつまらない話である。

さてブレイザーズは翌日にはBZTVの収録だった。
体育館でのロケも久々だ。
タレント+コラボ企画の関西一週間のギャルと共にジュニアチームと試合をした。
こう見てるとやっぱりパレーボールは楽しいスポーツだと思う。かつて日本のお家芸だったバレーボール。こういう地味な努力をPRすることで、少しでも競技人口が増えたらと思う。僕らも思えば、バレーボールに関わってもう5年である。もうちょっと盛り上がってくれへんかなぁ・・・

ついこの前、仕事で卒業式を撮ることがあって、
会場でスタンバイしていた。
大学の卒業式といえば、もう既にオトナばかりの
セレモニーなので、まぁ整然というか、淡々と進行するものと思っていた。

ところが今年は違っていた。
会場がどことなく騒がしい。
真っ暗の場内を眺めると、卒業生がせっせと携帯を
触っている。
声を出しているワケではない。
ザワザワの原因は、観客席に陣取っている「親」である。
ひどい親になると、「○○ちゃあ〜ん」なんて
客席に向かって叫ぶ始末。
モラルもへったくれも、何もない親。
こんな親を持った子供が、大学から社会に出てゆく。
先行き不安とは、このことである。

オトナになった子供の卒業式をのこのこ見に来ること自体、自分が大学生だった時代には考えられないことである。
(もちろん我が両親は大学の入学式も卒業式も来なかったし、最近になるまで大学がどこにあるかもあんまり分かってなかった)
そりゃあ、学費を出してやってるのだから、自分の子供が卒業するのを見届けるのも
親の役目かも知れない。
しかしどうにも納得がいかぬ。果たしてそれは子供のためになるのかと・・・・

近年の少子化の影響なのか、「過保護」な子供が多すぎるように見受けられる。先日一緒に仕事した同年代の女性タレントも、
特に50歳代の親の過保護ぶりは聞いていてハラがたつほどですよと教えてくれた。

50歳代・・・団塊の世代より少し後の、ノンポリ時代に生まれた人たちだ。ということはその人たちの親の世代は、かなり厳しい「昭和ヒトケタ」だったと思う。厳しく育てられたが故に、自分の子供たちには優しく接してあげようということか・・・

しかしその「優しさ」は果たして本当の優しさなのだろうかと思う。友達のような親子、兄弟のような親子は果たして本当の意味での親子関係が構築できるのだろうか?

究極を言えば「怒れない親」と「怒られたことのない子供」がこの世に蔓延するだけではないか。ただ他人に厳しいだけの自分勝手な親と、他人を思いやる事など教えてもらわなかった、単なる利己的な子供を作り出すだけではないのか・・・・。

親は木の上に立って見ると書く。
どの親も、辛抱して見ることができない。
我が子が可愛いのは、誰だって同じ。
しかしどのバカ親も、「自分の子だけは違う」と勘違いする。
これからの教育、子供だけでなく親を教えないといけないとは、大変なことである。
本当の優しさを知らないで育った子供たちが、どうして平和を構築できるのか・・・
それを考えると、ちょっと薄ら寒い感じがするのだ。